人の顔がすべて『∵』に見えるので、この子の父親は誰かがわかりません。英雄騎士様が「この子は俺の子だ」と訴えてくるのですが!
 その場では気が張って酔っていない振りでもしていたのだろう。ここに来て、一気に気が緩んだにちがいない。
「はい、お義父さん」
 ルシアは水の入ったグラスを彼に手渡した。グラスを受け取ったルーファは、勢いよく水を飲み干す。
 少し不安で、ルシアはその様子を見届ける。
「グラス、預かるよ」
「悪いな」 
 預かったグラスを片付けようと背を向けた。
「ルシア……」
「なに?」
「カイルの父親が見つかったら、どうする?」
 ルーファがそう尋ねる理由がわからない。いや、なんとなくわかるのだが、認めたくない。
 ぎゅっと心臓が締め付けられるような気分。
「どうもしない……」
「例えば、だが。カイルの父親がいたらよかったと、そう思ったことはないか?」
「そりゃ、そう思うことはあるよ。だけど、相手は顔も名前も知らない人だし。だから、会ってもわからないと思う」
「そうか……」
 ルーファはゆっくりとソファから立ち上がった。
「では、私も寝るよ。明日から祭りの期間は、少しだけ治癒院も忙しくなるかもしれない」
「そうね。こんなお義父さんみたいに酔っ払った患者さんがくるってことでしょ?」
 祭りの期間中は羽目を外して、酒を飲み過ぎる人もいるだろう。
「そうだな……おやすみ……」
「おやすみなさい」
 ルーファは扉続きの隣の部屋へと向かっていった。その扉が閉められると、締め付けられた心臓がやっと動き出す感じがした。
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