人の顔がすべて『∵』に見えるので、この子の父親は誰かがわかりません。英雄騎士様が「この子は俺の子だ」と訴えてくるのですが!

3.

 ルシアは声を出さず、頷いてみせる。いつものクレメンティであれば、誰よりも先に扉をすり抜けて進むのに、今日はそれをしない。一番後ろにいて、ルシアの背中の上辺りでふわふわと浮いている。
 相手はクレメンティを祓えるくらいの術師かもしれないのだ。
 少しだけ、心臓が速くなった。
 カーティスが、もう一枚の扉に手をかけた。こちらはレバータイプの持ち手である。これを下げれば、扉は開く。
「中から声が聞こえる。ルシアが言っていたことは本当だな……ここに誰かいる」
「はい」
 行くぞ。
 彼はしゃべっていないはずなのに、その声が聞こえたような気がした。
 ルシアは集中する。相手は少なくとも五人。その五人の動きを、瞬間的に封じたい。可能だろうか。
 バンッ――
「なんだ? お前たちは!」
「兄とカイルを返してもらおう」
 中にいた男たちは、突然現れたカーティスに気をとられている。
(今だ――)
 ルシアは念じた。この床は石灰石でできている。これを変形させて、一人の男の足元を固めるイメージを作る。すると、床が勝手にむくむくと動き出して、彼女が思い描いたように、男の足元を固定した。
「うわ、なんだこれ……。く、くそ。動かない」
 声から察するに、あの魔薬中毒の男だ。
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