愛なき政略結婚は愛のはじまりでした
 雅は震える手でペンを持ち直す。離婚届に自分の名前を記入しようとペン先を妻の欄のところへ持っていくが、ぼやけてよく見えない。雅の瞳をどんどんと液体が覆っていく。ゆっくりと瞬きをすれば、ぽたりぽたりと雫が垂れる。

 その様子を義母と桜子は笑って見ていて、小声でぼそっと「みっともない」と言っているのが聞こえる。ひどく蔑まれているのはわかるが、雅にはそんなことはどうだっていい。自ら清隆との別れの道を歩もうとしていることがつらくてたまらない。それでも清隆を愛する自分にはもうこの道しか進めない。

 震えている手を無理やり動かし、一画一画名前を書いていく。一書きするたびに清隆との別れが近づいていると感じて苦しくなる。

 清隆へ心の中で何度も謝罪をしながら、ようやく『加々美』まで書き終え、続いて下の名を書くためにペン先を横へずらす。そして、『雅』の文字を書こうとペン先を紙へと接触させたその瞬間であった。

 リビングのドアが勢いよく開き、背後から愛しい声が雅の耳に届く。
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