愛なき政略結婚は愛のはじまりでした
 父からその話を受けた直後、雅に気遣わし気な視線を寄こしてきたのは、三つ年下の弟だった。

「姉さん、ごめん。僕がエンリッチとの取引なんて持ってきてしまったから……姉さんを助けようと思ってのことだったのに……本当にごめん」
誠一郎(せいいちろう)さん。私がお父さまの決めた相手と結婚することは、もうずっと前から決まっていたことだから。あなたのせいではないわ。私のためにありがとう」

 笹崎紡績の跡取りである誠一郎は大学に通いながら、父の仕事を手伝っている。父とは異なり開発方面よりも営業方面に秀でている誠一郎は、大学入学と同時に営業面のサポートを始めた。目の付け所がいい誠一郎はいくつもの優良な取引先を見つけ出し、それによって笹崎紡績は全盛期の勢いを取り戻しつつある。

 そして、誠一郎が持ってきた優良な取引の中でも、エンリッチがその最たるもので、これが上手くいけば笹崎紡績は安定的な利益を生み出すことが可能になる。またとない取引相手を誠一郎は見つけてきたわけだ。

 それが結婚話にまで繋がるとは雅も誠一郎もまったく予想していなかったが、雅とてこの会社には愛着があるのだから、自分の結婚で会社がよい方向へ向かうのであればそれは本望である。だから、誠一郎を責める気持ちなんて一ミリたりともなかった。

 雅を前に、申し訳なさそうな表情をする誠一郎に対し、雅はきれいな微笑みを浮かべて、「大丈夫だから」と諭す。誠一郎は大きくその表情は変えないまでも、少しだけ笑って、「わかった」と頷いてくれた。
< 7 / 177 >

この作品をシェア

pagetop