彼に抱かれ愛を弾く 〜ベリが丘恋物語〜
「桃園さん、明日の演奏、お願いしてもよろしいかしら」

「はい、私でよければ」

「ありがとう。では、下に行きましょうか。マネージャー、ご協力感謝します」

「こちらこそ、まさか、矢吹さんのお嬢様の演奏を聴くことができるなど思ってもみませんでしたので、大変感激しております」

「そうよね、マネージャーも矢吹さんのことは知っているわよね」

「えぇ、最後にお会いしたのはもう10年以上前でしょうか、大変感慨深いです。こちらにいらした時、どこか懐かしさを覚えたのですが、納得いたしました。佇まいもお母様に似ていらっしゃる」

「もしかして、マネージャーは演奏の途中で気づいていたの?」

「えぇ、もしかしたらと。沙織さんが確かめてくださらなかったら、差し出がましいようですが私が確かめようと思っていたしだいです」

「うふふっ、グッジョブってところかしら」

「はい、グッジョブです。お母様はお元気でいらっしゃいますか?突然姿をお見かけしなくなってしまいましたので……」

「父が亡くなったあとはしばらく塞ぎ込んでいましたが、今は海外を飛び回ってピアノを弾いています」

「お父様はお亡くなりになられたの?」

「はい、私が中学生の時に病気で。母は父の病がわかってから、最後まで父に寄り添っていました」

「そうだったの……だから突然……ごめんなさい、辛いことを思い出させてしまったわね」

「私も、あまりの懐かしさについ踏み入ったことを、申し訳ありません」

沈んだ二人の表情が胸を締めつける。

「いいえ、謝らないでください。きっと母は、何も言わずに去ってしまったんですね。でも、母のことを覚えてくださっているなんて、娘としてとても嬉しく誇りに思います」

「忘れるはずがないわ!」

「はい、忘れるはずなどございません! 桃園様、本日は素晴らしい演奏をお聴かせいただきありがとうございました」

私に向かい、マネージャーは深々と頭を下げた。
「こちらこそ、ありがとうございました」と、私も深く頭を下げた。
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