彼に抱かれ愛を弾く 〜ベリが丘恋物語〜
「お帰りなさいませ、沙織お嬢様」

お手伝いさんだろうか、えくぼが印象的な女性が出迎える。

「ただいま。美音ちゃん、紹介するわね。家政婦のモブ子さんよ。親子3代にわたって高椿家で働いてくれているの。明るくてとっても素敵な女性よ」

「モブ子でございます、よろしくお願い申し上げます」

「桃園美音と申します、こちらこそよろしくお願いいたします」

「ねぇ、モブ子さん、シュンスケは帰ってきたの?」

「いいえ、シュンスケ様どころか、お荷物もまだ……」

「そうなの?今日帰ってくるのは間違いないわよね?」

「はい、そのように伺っております」

「そう……」

「キオリお嬢様はお帰りになられていらっしゃいますよ」

「お姉様? どうしたのかしら」

「リビングにいらっしゃいます」

「わかったわ、ありがとう。美音ちゃん、行きましょうか」

私はモブ子さんと言われる女性に一礼し、奥へ進む沙織さんの後に続いた。

広々とした廊下を進み、沙織さんが大きなリビングドアを開けると、深みのあるコーヒーの香りに包まれた。目の前には多人数が腰掛けられるようなレトロなソファーがコの字型に配置されている。その一角に腰掛け、コーヒーを嗜む女性がこちらに視線向けた。
 
「季織先生!」

顔を見た瞬間、意図せず口から飛び出した。

病院に運ばれたあの日、私を診てくれた神崎先生だ。
先生とは助けてもらった後も、検査や診察に訪れた際、何度か言葉を交わしている。もう一人神崎淳也(かんざきじゅんや)という医師がいるため、皆、季織先生呼びをしており、自然と私もそう呼ぶようになった。

「桃園さん⁉︎」

「はい!」

なるほど、沙織さんを初めて見た時、記憶のどこかに存在していたような感覚は季織先生だったのか。
二人を見比べると似ているのがよくわかる。

「え⁉︎ 何⁉︎ 二人は知り合い?」

大きな瞳を瞬かせている沙織さんに、季織先生が、私との出会いを簡潔に説明してくれた。

「それより、どうして沙織と桃園さんが一緒にいるの?」

「明日のピアノ演奏をお願いしたの。予定していたピアニストがインフルエンザになってしまって」

「そうだったの…… そういえば桃園さん、音大生だったわね。あの時は勝手に学生証を見てしまってごめんなさい」

「謝らないでください先生!」
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