恋神様に願いを込めて
恋神様
恋神様。


それは誰から言い出したのかわからない。



気づいた時にはその噂が出回っていて、実際に旧校舎に行く生徒も増えたけどしばらくするとまた落ち着いていた。


それでも、噂は消えることなく今日もきっとどこかで話されている。



「恋神様、どうもこんにちは」



旧校舎裏にある白い祠に向かってぺこりと一礼する。



「僕の名前は佐野春仁です。今年の春から母校であるこの高校で現国教師をやっています。生涯で好きになった女性は一人。この先好きな人ができるか不安です」



両手を合わせて独り言を言っているなんて、端から見たら異様な光景だろう。



「少し、僕の話を聞いてくれませんか?僕の好きだった人は永野恋。一つ年上の先輩です。生徒からは“恋愛の神様”と呼ばれていました。彼女はなんでも完璧だったけどたった一つ、恋愛だけはしたことがなかったんです。そんなギャップある彼女と関わるうちに、だんだんと惹かれていく自分がいました。最初は似たもの同士だから気になるだけだと思っていたけど、もっと彼女のいろんな顔を見たくなって会って喋れるだけで幸せだった」



先輩と過ごす時間が好きだった。



「彼女はたまに今にも消えてしまいそうな悲しい横顔をしていました。それがなんなのか、僕にはわからなかった。…だけど、それはずっと一人で戦っていたから」



十年前の今日、12月25日。先輩は死んだ。


生徒会の仕事が思ったよりもすぐに終わり、もういないとわかってはいたけど校舎裏に行くとそこには先輩が倒れていた。


呼びかけてもぴくりとも動かない先輩にパニックになりながらも、なんとか先生を呼びに行った。
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