Once in a Blue Moon ~ 冷酷暴君の不可解なる寵愛 ~
隣でピクリと、逞しい肩が反応するのがわかった。
目撃者がいたことは、それほど大きく報道されていない。
“被害者の娘は2階の窓から無事救出された”、その程度の扱いだったから、クロードさんも知らなかったんじゃないかな。
「物音が聞こえて1階に降りたんです。そしてドアの隙間から覗いたら、お父さんじゃない男が塾の事務室にいるのが見えて……といっても、後ろ姿だけですけど。棚の方を向いて、何かを探しているようでした」
記憶を巻き戻しつつ、つっかえつっかえ、私は話し続ける。
「トラブルっぽい声は何も聞こえなかった。だからその時も生徒さんが忘れ物でも取りに来たのかな、くらいにしか思いませんでした。そうしたら突然、父の叫び声が聞こえて」
頭の中で、あの光景が再生される。
――茉莉花! 逃げなさいっ!! 早く逃げるんだ!!
――……〇%$%
「父の姿は見えませんでした。おそらく床に倒れていたのか……私の視界には映りませんでした。ただ逃げろと言われて、訳も分からず駆け出して……。後ろから男が何かを叫びましたが、全く聞き取れませんでした。聞き馴染みのない音、だったと言いますか」
「聞き馴染みのない?」
「刑事さんに伝えたら、外国語だったんじゃないかと言われました」
週刊誌で後に知ったのだが、富田はフィリピン人の母親を持つハーフだった。刑事さんの頭の中では、あの時からすでに富田が容疑者リストに載っていたのかもしれない。
そして、これはあまり確証が持てなくて刑事さんにもそう伝えたのだけど。
私はあの声に聞き覚えがあるような気が――……
「後から何度も思いました。もっとその場に留まっていたら、せめて犯人が振り返るまでそこにいたら……ううん、それよりも……」
何かを振り払うように首を振って、唇をきつく引き結ぶ。
その先を続けるには、大きなエネルギーが必要だった。
「ある時気づいたんです。私は、私には、他にやるべきことがあったはずだったと」
段々、口の動きが鈍くなる。
それでも私は、無理やりしゃべり続けた。
ずっと胸の奥に溜まっていた澱を、吐き出してしまいたくて。
「なのに、その時は怖くて怖くて、そこから逃げることしか考えられなくて……とっさに来た道を戻ってしまった。階段を上がってしまったんです。そして、自分の部屋のクローゼットに飛び込んで、隠れた」