Once in a Blue Moon ~ 冷酷暴君の不可解なる寵愛 ~
「さっさと帰ればよかったんだろうけど、もしかしたら赤ん坊に関する情報がどこかにあるかもって、ちょっと探してて……君が降りてきたことは、塾長が叫ぶまで気づかなかったよ。っていうか、こいつまだ生きてたんだ、ってびっくりしたね」
「……何が、可笑しいの」
笑いたいのを必死で我慢してます、とでもいう風にグロテスクに歪んだその口元を凝視し、おぞましさを感じながら聞く。
「ゴキブリ並みの生命力だと思ってさ。だってその後も僕の足にゾンビみたいにしがみついてきたんだよ。ギョッとしたね。まぁ君を追わせまいとしたんだろうけど。いい加減鬱陶しかったから、始末してやったよ」
――茉莉花! 逃げなさいっ!! 早く逃げるんだ!!
悲鳴みたいな声が脳裏に閃き、視界が滲んだ。
お父さん……私を、助けようとして……
お父さん……っ!
「けどまぁ、マズいことになったなとは思ったよ。君を生かしておくわけにはいかない、ただし2階まで追いかけて探して殺して……そんな時間はない。塾長の遺体も始末しなきゃならなかったしね。長居すればするだけ、僕がそこにいた痕跡を残すことになる。マヌケなことにね、僕は手袋も何もしてなかったんだ。本当に殺すつもりはなかったって、それでわかってもらえるだろう?」
「だから……放火を?」
「あぁ、そうだ。証拠も証人も、まとめて消してしまえばいい。僕に異母弟がいたなんて事実も、一緒にね。ちょうどいい具合に、僕はライターを持っていたし」
「富田のライターね?」
「誰のライターかは知らなかったよ、その時はね。クラブのカウンターに置いてあったのをちょっと拝借して使って、そのままポケットに入れっぱなしにしてたんだ。まさに神の思し召しだと思った。汝の為すべきことを為せ、ってね」
自分に酔っているのか、うっとりと香坂は視線を上げる。
ダメだ、こいつとは全然理解し合えない。
考え方が根本から違うもの――と絶望感を覚える私の前で、彼の演説はまだまだ続いた。