Once in a Blue Moon ~ 冷酷暴君の不可解なる寵愛 ~
「事件当日も顔を見られていないって自信はあったし、実際知依に紹介された僕を見ても特に反応がなかったから大丈夫だとは思ってたよ。もちろん、いい気持ちはしなかったが。ただ、いつか思い出すかも、なんて不確かな未来のためにせっかく進行中の計画を台無しにする気もなかった。そこで、まずは見張ることにした――便利なスパイも、見つかったからね」
「スパイ……」
知依ちゃんは蒼白な顔で唇を震わせる。
あぁやっぱりこいつはただ利用するためだけに……
「わたしと付き合ってくれたのは、茉莉花ちゃんの情報を手に入れる、ため……? 好きだって、愛してるって……結婚するなら相手はわたししかいないって、言ってくれたじゃない!」
青ざめた頬に新しい涙をあふれさせて身を乗り出す知依ちゃんを、黒スーツの男が畳へ押さえつける。
そんな彼女を一瞥し、香坂はやれやれ、と疎まし気に首を振った。
「聞いてなかったのか? 僕はリーズグループの正当な後継者なんだぞ? お前みたいな平凡な女に本気で惚れるわけがないだろう。結婚なんてもってのほかだ。相応しい令嬢と、正しい血筋を残す義務があるからね、僕には」
「そんな、ひどっ……」
「まぁ褒めてやるよ。なかなかいい仕事をしてくれた。まさか宮原茉莉花のすぐ近くに、あれほど探していた男がいたなんてね。やはり僕は持っているらしい」
再び、銃口が上がり、私を向いた。
ドクン、ドクン、ドクン……
爆音を響かせる心臓――もう今にも口から飛び出しそうだ。
「わ、私を、殺す、んですか?」
嫌な汗が噴き出して、呼吸が苦しい。
酸素が薄い気がする。
これだけの話が聞ければ、証拠としては十分。
あとは、なんとか無事にここから逃げ出さなくちゃ。
頭の中で呪文のようにつぶやきながら、ICレコーダーが入ったカバンを引き寄せる。
ここから庭に通じる縁側へ飛び出して、その向こうの生垣を越えればお隣まであと少し……
「庭に飛び出そうとしてるなら無駄だよ。もうこの家は僕の部下が囲んでいるからね」
そんなことわかってる。
でも外に出さえすれば、防犯ブザーで危険を周囲に知らせることができるかも……
ただ問題は、この足が上手く動くかどうか……
畳に投げ出された、震えが止まらない足をチラ見たところで、くすくす軽やかな笑い声が聞こえた。