Once in a Blue Moon ~ 冷酷暴君の不可解なる寵愛 ~
「お前はバカだよ、藤堂。敵に塩を送るとはな」
あのまま俺が死ねば、茉莉花をすぐ自分のものにできたのに。
言外の意味を汲み取ったのか、藤堂はくしゃりと髪をかき回し、苦笑いした。
「あーあ、全くだよ。あの日ほど自分が優秀な医者だってことを恨めしく思ったことはない。けど……」
言葉が途切れる。
笑いを消した眼差しが、まっすぐ俺を見ていた。
「あの時ほど、医者になってよかったと思ったこともない」
「藤堂……」
「お前を助けることができて、本当によかった」
心からの笑顔に、俺は目を細めた。
あぁきっと、こいつは茉莉花を幸せにしてくれる。
茉莉花はきっと、幸せになれる。
胸に過った痛みを手術跡のせいだということにして、俺も小さく笑みを返す――と。
「……ってことで、あの時の借りはチャラだからな?」
ニヤリ、と相手の片頬が悪戯っぽく上がった。
「借り?? なんの話だ」
「ほら、中学2年の数学、僕が答えられなくて困ってた時に、隣からこっそりノートに答えを書いて教えてくれただろ?」
中2の数学? ……あぁあの時か。
優秀な生徒に難問をぶつけてマウントを取る嫌味な教師の授業。ムカついて、そういえばそんなことがあったような気も……
「そんな昔のこと、よく覚えてたな」
「まぁ……それは冗談で」
「冗談なのか」
なんなんだ、と眉を寄せる俺の前で、ふいに藤堂の視線が決まり悪げに揺れた。
「……悪かったよ、茉莉ちゃんにあの日の本当のこと、言わなくて。火事から彼女を助けたの、自分みたいなふりしちゃってさ」
慕ってくれる彼女が可愛くて言えなかった、と藤堂は俺へ頭を下げた。
「ごめん」
いや、むしろ俺の方が積極的に藤堂のフリをしていたのだから、謝られると困ってしまう。
「やめろよ、もうチャラなんだろう?」
俺が言うと、藤堂は再びニヤリと笑った。