三十路アイドルはじめます
きらりは全く違うタイプで、芸能界の水が合うとは思えない。
 何よりも、彼女に惚れる人間がこれ以上増えるのも嫌だ。

「定職つくまでの限定アイドルだよ。私、14時から面接なんだけど、しばし、向こうを向いて食事してくれると助かります」
 きらりは今動きやすい私服を着ているが、スーツに着替えるようだった。

 それにしても、この部屋は1ルームだとしても脱衣所はないのだろうか。
 周りを見渡すと、明らかにトイレの扉と浴室の扉しかない。
(この間取り、欠陥じゃないか?)

 俺はふときらりに言われた方向を見ると、明らかに鏡越しに着替え姿が見える仕様になっていた。
「ちょっと待って、もう俺と渋谷さんは部屋出るから、その後着替えた方が良いかと」
 目の前の渋谷さんを見ると、もう食べ終わっていた。

「ご馳走様でした。きらりさん、お料理お上手ですね。片付けは任せてください」
「いえいえ、申し訳ないです」
「一人暮らし歴が長いので、任せてください」
2人がまたほんわかしたやり取りをし始めて俺は焦った。

 よく見るときらりが真っ先に食べ終わっている。
(流石、体育会系!)

「俺も片付けます。さっさと片付けて出ますよ、渋谷さん」
 俺は渋谷さんが俺だけを追い出した後、彼女と2人きりになるつもりかと思い急いで皿を持ってキッチンに行った。
(あれ? ビルトインの食器洗浄乾燥機がない⋯⋯)

 この場合は、洗ったお皿はどうやって乾燥させるのだろうか。
「俺、皿洗います」
 自分のわかる方をやろうと洗った皿を渋谷さんに渡すと、徐に彼は布巾で皿を拭き出した。

「林太郎君、もうちょっとしっかり洗いましょうか。予洗いとは違いますよ。ポジションチェンジです」
渋谷さんに言われ、布巾係にされてしまった。
(ポジション的にアシスト側だ! 面目丸潰れじゃないか)

「それにしても、渋谷さんはオペが立て込んでたりはしないんですか?」
「僕は精神科医なので」
「林太郎君は今日から本格的に社長業ですね。頑張ってください」
俺は彼の言葉に頷くとひたすらに皿を拭いた。

 彼は俺を子供扱いすることで、きらりから遠ざけようとしている気がする。
(精神科医だからか⋯⋯何か、心の内も読まれていそうな感じが⋯⋯)

 そして、きらりも明らかに彼に惹かれていて2人を引き離さないと危険だと感じた。
 これまでルックスでモテてきたが、自分から人に言い寄ることはなかったから上手くできていない。

 今の所明らかに渋谷さんに分がある。
 おそらく、3人一緒の場面では心理戦で俺が彼に勝てていない。
 やり方を考えていかないと、あっという間に彼女を取られてしまいそうだ。

「2人ともありがとうございます! 梨田きらり、お風呂で着替えてきました」
きらりがスーツ姿になって現れた。

 俺はその彼女の能天気な姿に心配になった。
 彼女では渋谷さんの腹黒さにも気がつけないし、芸能界でやっていくにはあまりにピュアだ。

 そして、顔が晒されているのに、こんなセキュリティーの甘い部屋に住んでいるなんて危険過ぎる。

 俺は、密かに『きらり引っ越し計画』を企んだ。
 計画を口に出すと、隣にいる策士の渋谷さんに潰されそうなので黙っていた。

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