追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。

104.作戦会議

 翌日、コルティノーヴィス香水工房は午後だけ急遽お休みとなった。
 というのも、シルヴェリオが今朝の開店前に工房に立ち寄り、ジャウハラ商会との商談に向けて今日の午後に打合せさせてほしいと言いに来たのだ。

 そうして午後になり、打合せにはコルティノーヴィス香水工房の面々の他にシルヴェリオとネストレとジュスタ男爵、そしてリベラトーレが訪れた。

「だ、第二王子殿下がまた工房にお見えになるとは……俺、粗相しないといいのですが……」
「私も緊張して足が震えそうです。こんな近くで第二王子殿下のご尊顔を拝む事になるなんて……」

 レンゾとエレナの話を聞いたアレッシアが大きく目を見開く。
 第二王子が二度もこの工房に来たことに驚いたらしい。

 彼女が以前働いていたカルディナーレ香水工房はかつて王国随一と言われていたが、それでも王族が直接訪れることはなかったのだ。
 コルティノーヴィス香水工房はそれほど王族に目をかけてもらっている工房なのだと改めて実感するのだった。
 
「あの、私は同じ空間に居ていいのでしょうか?」
「――もちろん、ぜひ打ち合わせに参加してほしい。当日は君たちの力を借りることになるからな」

 アレッシアが不安げに問うと、満面の笑みを浮かべたネストレが会話に割って入った。

 急に噂の第二王子が至近距離に現れたものだから、レンゾとエレナとアレッシアは肩を跳ねさせ、一斉に後退る。

「今日の俺は騎士団長としてここに来ているから気楽に接してくれ。その方が助かる」
 
 ネストレが気さくな雰囲気を出して声をかけるが、レンゾとエレナとアレッシアは硬い笑顔を浮かべて曖昧な返事をするばかり。
 
 彼らの気持ちを代弁するなら「そんなこと言われても……」だ。
 騎士団長といえば騎士の中でも最高位の地位を持つ者だ。そんな相手を前にするとやはり緊張する。

 そんなやりとりを見守っていたシルヴェリオが、不意に口を開いた。
 
「みんな、急に仕事の手を止めることになって済まない。すぐにでもジャウハラ商会と商談をすることになった。ハーディさんとマドゥルスさんには不審な点が多いから、早めに接触して建国祭前には彼らの調査を終わらせたい」

 シルヴェリオはハーディたちとの商談をする経緯をフレイヤたちに説明した。

 建国祭までにハーディとマドゥルスの正体を探り、二人がエイレーネ王国にとって害のない存在なのか確かめたいこと。

 もしも二人が建国祭の最中に騒ぎを起こすためにエイレーネ王国に滞在しているのであれば、早急に捕らえないといけないこと。

 フレイヤの噂を聞きつけて来ていた二人が、フレイヤが珍しい力を持っていると思い、攫いに来た可能性もあること――。
 
「商談は二日後にする予定だ。商談にはここの店員に変装したネストレ殿下とジュスタ男爵も同席してもらう」

 シルヴェリオの立てた作戦は、商談の日は店をジャウハラ商会の貸切とし、大人数でハーディとマドゥルスの一挙手一投足を観察することだ。
 大人数で商談に参加すれば、変装したネストレとジュスタ男爵が紛れていても不審に思われることはないと考えたのだ。

「シルヴェリオ様のお役に立てるよう頑張ります!」
「そうですよ。俺たちだって工房長の力になりたいのですから、何でも言ってください!」

 フレイヤとレンゾがやる気満々で返事をすると、エレナとアレッシアが二人の言葉に頷いて賛同した。
 シルヴェリオはいつもの仏頂面を崩して微笑んだ。
 
「みんなの協力に感謝する」
 
 そんなコルティノーヴィス香水工房の面々とシルヴェリオのやり取りを、ネストレとジュスタ男爵が微笑ましそうに見守っているのだった。

「シルヴェリオは随分と部下たちに慕われていますね」
「ええ、それに最近のコルティノーヴィス卿は親しみやすくなったので魔導士団の部下たちからもよく声をかけられるようになったのですよ。ここでの経験がいい方向に作用しているようですね」

 二人はひっそりと言葉を交わし、シルヴェリオの変化を喜んだ。
 
 すると、同じくコルティノーヴィス香水工房の面々を見守っていたリベラトーレがシルヴェリオたちの会話に加わる。
 
「そのハーディという人物ですが、二十代くらいで小麦色の肌、黒髪に金色の目で間違いないですか?」

 リベラトーレは一枚の資料を指差してフレイヤたちに問う。
 資料にはハーディの似顔絵がモノクロで書かれている。
 
 フレイヤたちは資料を覗き込むと、コクコクと首肯した。
 似顔絵もリベラトーレの言う特徴も、店に来たハーディの外見と一致しているのだ。

「なるほど、それでは我々が調べた人物と同一の可能性が高いですね」
 
 リベラトーレは調査書をテーブルの上に置く。そこには文字がびっしりと書かれていた。

「イルム王国と親交がある商会の者に調べてもらったところ、ジャウハラ商会はイルム王国の商業ギルドに登録されており、地方に住む平民に向けた商売をしている小さな商会でした」
「一応実在している商会なのか。ハーディと言う人物の所属については確認したか?」

 シルヴェリオが質問すると、リベラトーレは手に持っていた別の資料をシルヴェリオに手渡す。
 
「ええ、所属している商人で間違いないと回答がありました」

 シルヴェリオは受け取った資料に目を通した。
 そこにはハーディという名の商人とジャウハラ商会の関係について書かれている。

 ハーディという商人は若く、商会長がある貴族家から頼まれて面倒を見ている青年だった。
 その貴族家というのが王妃の実家と縁があり、ハーディの面倒をみる対価に支援してもらっているのだという。

「もしかすると、ハーディさんは貴族の庶子だから貴族家から支援されているのだろうか?」
「その可能性もありますね」

 ネストレの推測にリベラトーレが頷く。

 貴族たちの事情がてんでわからないフレイヤとレンゾとアレッシアは、ぽかんと口を開けて聞いている。
 一方でエレナは商団での仕事を通して多少は貴族社会の噂に触れていて慣れているのか、眉一つ動かしていない。

「ジャウハラ商会はさほど儲かっているようには見えませんでしたので、異国まで遠征する資金をその貴族家から得ている可能性がありますが、ひとまずは様々な情報を聞き出してから総合的に判断した方がいいでしょう。ハーディという人物がこれまでに行ってきた商談についても聞いてきましたので、商談の際に聞き出して照合しましょう」
「ああ、そうしていこう」

 シルヴェリオは顎に手を添え、商談で聞き出す内容を考える。
 
 そもそも、彼が本当にそのジャウハラ商会のハーディである確証はまだないのだ。
 
 今は、ただ顔が似ているだけかもしれない可能性だってある。
 彼が本当に商人だという裏付けが必要だ。
 
「ハーディさんたちが本当にただの商人だと分かれば何も問題はないのだが……」

 その時は香水の販売先として適正な商会か判断するのみでいい。

 もしも本当に彼がエイレーネ王国に危害を加える可能性があれば、その時は今回の捜査に協力してくれるフレイヤとレンゾとエレナとアレッシアに危険が及ばないよう守りながら立ち向かうしかない。
 
「さっそく、ハーディさんたちに手紙を送ってくれ」
「かしこまりました。すぐに書いて送ります」

 フレイヤは返事をすると、カウンターの内側に準備している便箋と封筒を取り出す。
 深呼吸をすると、羽ペンを紙の上に滑らせてハーディへの手紙を書き始めた。
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