追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。
111.造られた王子
『こんなにも気味の悪い魔力を身体に宿しているのに平気なんておかしいよ。君、本当に人間なの?』
オルフェンの言葉に、辺りは水を打ったように静まり返る。
遠まわしに化け物だと言われたアーディルは微笑みを崩していない。
主を侮辱されたともとれるはずなのにラベクは眉一つ動かさずにアーディルの横で控えている。
ただ一人、エイレーネ王国の騎士だけは気まずそうだ。
ややあってアーディルが口火を切った。
「――ラベク」
「はっ」
ラベクはアーディルに名を呼ばれただけで命令の内容を察したようで、短く返答をすると俊敏な動きでアーディルのそばを離れた。
そのままエイレーネ王国の騎士の背後に回ると、ためらいもなく手刀で騎士の後頭部付近を叩く。
ぐらり。
エイレーネ王国の騎士の体が傾くと、ラベクはその体を支えて近くにある生垣の影に隠して横たえさせた。
「案内役の騎士を害するなんて、どういうおつもりですか?!」
シルヴェリオが声を荒げると、アーディルは右手の人差し指を立てて自身の口元に引き寄せる。そうして、静かにするようシルヴェリオに催促した。
「手荒な真似をしてすまないが、これからする内密な話を彼に聞かせるつもりはなかったから眠ってもらうことにした」
アーディルは眉尻を下げる。本当に、こうすることは望んでいなかったと示すように。
「コルティノーヴィス卿は盗聴防止の魔法を使えるだろうか?」
「……ええ」
シルヴェリオはアーディルを警戒しているためやや躊躇ったが、盗聴防止の魔法の呪文を唱える。途端に淡い白色の光が現れてシルヴェリオたちの周りを囲むと消えた。
「今、盗聴防止の魔法をかけました。これで私たちの声が他の者に聞こえることはないでしょう」
「ふむ、魔法とは便利なものだな」
アーディルは腕を組んで寛いだ姿勢をとると、オルフェンに向き直る。
「私が本当に人間なのかと問うたな。……答えは否だ。私は幼少期に亡くなった王子を模した人造人間であり、人間ではない」
「――っ」
シルヴェリオとオルフェンは息を呑んだ。
人造人間は作られることを禁止されている上に理性を持たない生き物と聞いていた。
もしもアーディルが本当に人造人間であるとするなら、情報が秘匿されていたことになる。
「私の母はイルム王国の第三王妃だが国王である父から寵愛を受けており、めでたく第一王子のアーディルを産んだ。それが他の王妃を刺激してしまい、アーディルは食事に毒を盛られて命を落とした。主犯の王妃はすぐに見つけ出されて処刑された」
アーディルは淡々と過去を語る。自身の名前だと言うのに、他人事のようにアーディルの名前を口にした。
「息子を失った母は精神的に弱ってしまい、人形にアーディルと名付けて世話をするようになってしまった。ちょうど母の実家は名のある錬金術師の家系で、母を見かねた祖父や叔父たちが錬金術で私を造った。顔立ちがまったく同じ器を造ってそこに魂を結び付けたため、私は本物のアーディルではないのだが……第三王妃は息子が戻ってきたと言って喜んだ。祖父と叔父がしたことは本来なら絶対に許されないが、父は母に甘いため目を瞑った」
アーディルは外套の裾を捲り、手首に刻まれている刻印を指先で触れる。
「妖精たちが私の魔力を厭うのは、私が人為的に作られた化け物であり――そんな化け物に宿る気味の悪い魔力だからだろう」
「……」
シルヴェリオもオルフェンも、口を閉ざしてただアーディルの話に耳を傾けている。
あまりにも壮大な話に、その内容の真偽を図りかねていた。
「目覚めたばかりの私はアーディルとしてアーディルらしい振舞いを徹底的に叩きこまれた。それを何の疑いもなく覚えて振舞っていたが、ほどなくして化け物の私にも自我が宿ってしまってね。当時から私の世話係と護衛を兼任しているラベクを大変困らせたものだ。自分はアーディルのフリをしたくないと駄々をこねては、ラベクに八つ当たりしていたからな」
そんなアーディルのために、ラベクは彼だけの名前を与えた。それがハーディという名で、二人でいる時はハーディと呼んでいる。
シルヴェリオはラベクに視線を移す。いつもは無表情なラベクだが、今はどことなく悲し気な眼差しでアーディルはを見つめているように見えた。
「ただの化け物である私が王太子としてここまで辿り着けたのは、ひとえにラベクのおかげだ。ラベクが私にハーディと名付けてくれなかったら、私は自棄を起こした挙句に祖父や叔父に自我を奪われていたかもしれない」
アーディルが話し終えると、気まずい沈黙が訪れた。
ややあってシルヴェリオが口火を切った。
「……なぜそのような国家機密を私に明かすのですか?」
イルム王国の中でもごく一部の者しか知らない話だろう。それを他国の人間であるシルヴェリオに敢えて話す理由がわからない。
「実は祖父と叔父がオルメキア王国に錬金術師を派遣して人造人間の製法を輸出しようとしているという情報を得たのだが、母に甘い父は動かないだろうから私が輸出を阻止したいと思っている」
「オルメキア王国に?」
「第一王子が病を患っており、もう長くないらしい。その話を聞きつけた祖父と叔父がオルメキア王国の宰相を唆しているようだ。人造人間の製法を応用すれば第一王子を生き返らせると言ってね。祖父たちはイルム王国のアーディルは錬金術で生き返ったと法螺を吹いて、私のような人造人間を王子に仕立て上げるつもりなのだろう。それだけはなんとしてでも止めたい」
「なぜあえて宰相に近づいたのでしょうか?」
「王位継承を巡って貴族間で派閥があるのだよ。宰相は第一王子派だ。第一王子は病を患っているから王位を第一王女に譲ったようなもので、魔法の腕前は始祖であるアストリッドに並ぶと言われている。オルメキア王国は魔導士の始祖の末裔としての誇りがあるから彼の喪失を阻止したい者もいるようで、交渉が進んでいる」
アーディルは右手をシルヴェリオに差し出す。穏やかな微笑みは消えて、真剣な表情でシルヴェリオを見つめる。
「そこで、貴殿らに協力してほしい。祖父たちはエイレーネ王国の建国祭を見物するように装ってオルメキア王国の宰相に会うことになっているから、それを阻止したい。私は誰かの身代わりとして造られた、最初で最後の人造人間になるつもりだ」
アーディルの金色の目が悲し気に揺れる。
「誰かの身代わりなんて虚しいだけだ。そのような感情を他の人造人間にはさせたくないのだよ」
***あとがき***
更新が遅くなり申し訳ございません!
オルフェンの言葉に、辺りは水を打ったように静まり返る。
遠まわしに化け物だと言われたアーディルは微笑みを崩していない。
主を侮辱されたともとれるはずなのにラベクは眉一つ動かさずにアーディルの横で控えている。
ただ一人、エイレーネ王国の騎士だけは気まずそうだ。
ややあってアーディルが口火を切った。
「――ラベク」
「はっ」
ラベクはアーディルに名を呼ばれただけで命令の内容を察したようで、短く返答をすると俊敏な動きでアーディルのそばを離れた。
そのままエイレーネ王国の騎士の背後に回ると、ためらいもなく手刀で騎士の後頭部付近を叩く。
ぐらり。
エイレーネ王国の騎士の体が傾くと、ラベクはその体を支えて近くにある生垣の影に隠して横たえさせた。
「案内役の騎士を害するなんて、どういうおつもりですか?!」
シルヴェリオが声を荒げると、アーディルは右手の人差し指を立てて自身の口元に引き寄せる。そうして、静かにするようシルヴェリオに催促した。
「手荒な真似をしてすまないが、これからする内密な話を彼に聞かせるつもりはなかったから眠ってもらうことにした」
アーディルは眉尻を下げる。本当に、こうすることは望んでいなかったと示すように。
「コルティノーヴィス卿は盗聴防止の魔法を使えるだろうか?」
「……ええ」
シルヴェリオはアーディルを警戒しているためやや躊躇ったが、盗聴防止の魔法の呪文を唱える。途端に淡い白色の光が現れてシルヴェリオたちの周りを囲むと消えた。
「今、盗聴防止の魔法をかけました。これで私たちの声が他の者に聞こえることはないでしょう」
「ふむ、魔法とは便利なものだな」
アーディルは腕を組んで寛いだ姿勢をとると、オルフェンに向き直る。
「私が本当に人間なのかと問うたな。……答えは否だ。私は幼少期に亡くなった王子を模した人造人間であり、人間ではない」
「――っ」
シルヴェリオとオルフェンは息を呑んだ。
人造人間は作られることを禁止されている上に理性を持たない生き物と聞いていた。
もしもアーディルが本当に人造人間であるとするなら、情報が秘匿されていたことになる。
「私の母はイルム王国の第三王妃だが国王である父から寵愛を受けており、めでたく第一王子のアーディルを産んだ。それが他の王妃を刺激してしまい、アーディルは食事に毒を盛られて命を落とした。主犯の王妃はすぐに見つけ出されて処刑された」
アーディルは淡々と過去を語る。自身の名前だと言うのに、他人事のようにアーディルの名前を口にした。
「息子を失った母は精神的に弱ってしまい、人形にアーディルと名付けて世話をするようになってしまった。ちょうど母の実家は名のある錬金術師の家系で、母を見かねた祖父や叔父たちが錬金術で私を造った。顔立ちがまったく同じ器を造ってそこに魂を結び付けたため、私は本物のアーディルではないのだが……第三王妃は息子が戻ってきたと言って喜んだ。祖父と叔父がしたことは本来なら絶対に許されないが、父は母に甘いため目を瞑った」
アーディルは外套の裾を捲り、手首に刻まれている刻印を指先で触れる。
「妖精たちが私の魔力を厭うのは、私が人為的に作られた化け物であり――そんな化け物に宿る気味の悪い魔力だからだろう」
「……」
シルヴェリオもオルフェンも、口を閉ざしてただアーディルの話に耳を傾けている。
あまりにも壮大な話に、その内容の真偽を図りかねていた。
「目覚めたばかりの私はアーディルとしてアーディルらしい振舞いを徹底的に叩きこまれた。それを何の疑いもなく覚えて振舞っていたが、ほどなくして化け物の私にも自我が宿ってしまってね。当時から私の世話係と護衛を兼任しているラベクを大変困らせたものだ。自分はアーディルのフリをしたくないと駄々をこねては、ラベクに八つ当たりしていたからな」
そんなアーディルのために、ラベクは彼だけの名前を与えた。それがハーディという名で、二人でいる時はハーディと呼んでいる。
シルヴェリオはラベクに視線を移す。いつもは無表情なラベクだが、今はどことなく悲し気な眼差しでアーディルはを見つめているように見えた。
「ただの化け物である私が王太子としてここまで辿り着けたのは、ひとえにラベクのおかげだ。ラベクが私にハーディと名付けてくれなかったら、私は自棄を起こした挙句に祖父や叔父に自我を奪われていたかもしれない」
アーディルが話し終えると、気まずい沈黙が訪れた。
ややあってシルヴェリオが口火を切った。
「……なぜそのような国家機密を私に明かすのですか?」
イルム王国の中でもごく一部の者しか知らない話だろう。それを他国の人間であるシルヴェリオに敢えて話す理由がわからない。
「実は祖父と叔父がオルメキア王国に錬金術師を派遣して人造人間の製法を輸出しようとしているという情報を得たのだが、母に甘い父は動かないだろうから私が輸出を阻止したいと思っている」
「オルメキア王国に?」
「第一王子が病を患っており、もう長くないらしい。その話を聞きつけた祖父と叔父がオルメキア王国の宰相を唆しているようだ。人造人間の製法を応用すれば第一王子を生き返らせると言ってね。祖父たちはイルム王国のアーディルは錬金術で生き返ったと法螺を吹いて、私のような人造人間を王子に仕立て上げるつもりなのだろう。それだけはなんとしてでも止めたい」
「なぜあえて宰相に近づいたのでしょうか?」
「王位継承を巡って貴族間で派閥があるのだよ。宰相は第一王子派だ。第一王子は病を患っているから王位を第一王女に譲ったようなもので、魔法の腕前は始祖であるアストリッドに並ぶと言われている。オルメキア王国は魔導士の始祖の末裔としての誇りがあるから彼の喪失を阻止したい者もいるようで、交渉が進んでいる」
アーディルは右手をシルヴェリオに差し出す。穏やかな微笑みは消えて、真剣な表情でシルヴェリオを見つめる。
「そこで、貴殿らに協力してほしい。祖父たちはエイレーネ王国の建国祭を見物するように装ってオルメキア王国の宰相に会うことになっているから、それを阻止したい。私は誰かの身代わりとして造られた、最初で最後の人造人間になるつもりだ」
アーディルの金色の目が悲し気に揺れる。
「誰かの身代わりなんて虚しいだけだ。そのような感情を他の人造人間にはさせたくないのだよ」
***あとがき***
更新が遅くなり申し訳ございません!