追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。
29.野望
「誰かの身代わりなんて虚しいだけだ。そのような感情を他の人造人間にはさせたくないのだよ」
「……」
シルヴェリオは思い悩んでいるような表情で、アーディルから差し出された手を見つめる。
少し躊躇ったが、ゆっくりと手を差し出してアーディルと握手を交わした。
「エイレーネ王国の平和を守るためにも、取引の阻止に協力します。この国で違法とされる錬金術を使われてはなりませんから」
シルヴェリオは慎重に言葉を選んで紡いでいく。
実のところ、アーディルから告げられた恐ろしい陰謀についてはまだ半信半疑だ。
なぜこのような重要な話をエイレーネ王国の国王ではなく自分にするのだろうかと、訝しく思っている。
エイレーネ王国の協力を得たいのであればエイレーネ王国の国王に話すべきだろうに、と。
シルヴェリオの表情に気づいたアーディルは、形の整った眉を微かに持ち上げた。
「納得のいかない顔をしているな。気になることがあれば、率直に言ってくれ」
「……このような重大な話は、私のような一介の魔導士ではなくエイレーネ王国の国王にされるべきではと思ったのです。その方がより迅速に動いて取引を防ぐことができるでしょう」
他国の王妃を輩出した貴族家や宰相を取り締まるとなれば、大掛かりな作戦になるだろう。
魔導士のみを動かすのであればシルヴェリオ一人の判断でできるかもしれないが、今回は騎士や大臣たちにも働きかける必要がありそうだ。シルヴェリオは彼らに動いてもらうために一から説明しなければならない。
「なんだ、そういうことか。もちろん、取引の阻止についてはエイレーネ王国の国王にも相談するつもりだが、私はどうしても貴殿に協力してほしいから先に話した」
アーディルはすっと目を眇める。まるで眩い光を見ているかのような表情でシルヴェリオを見つめた。
「貴殿はこの国の第二王子のネストレ殿が呪いにかかった時、解呪のために誰よりも奔走したと聞いた。そうして解呪を成し遂げた貴殿の力をぜひ借りたいと思ったのだ。困難に直面しても粘り強く向き合って成し遂げる者はそうそういないからな」
「……買い被りすぎです。あれは私一人で成し遂げたことではありません」
シルヴェリオにとって、解呪での最大の立役者はフレイヤだ。
本当はそう言いたいところだが、アーディルがフレイヤに興味を持って彼女の持つ聖属性の魔力のことを知られてはならないため、言わなかった。
「周りにいる者を動かすほどの強い想いと行動力を併せ持っているということだ。尊敬するよ」
アーディルはシルヴェリオの功績を称えるように力強く握手を返すと、手を解いた。
長衣のポケットから紙の束を取り出してシルヴェリオに手渡す。
シルヴェリオは紙に書かれている内容を読む。
イルム王国の言葉で書かれていたが、イルム王国の言葉を学んだことがあるシルヴェリオは内容を理解できた。
隣にいるオルフェンもシルヴェリオの手の中にある紙を覗き込んで読み始めた。
オルフェンもまたイルム王国の言葉がわかるようで、薄荷色の目を忙しなく動かして文字を追っている。
先に読み終わったシルヴェリオは、眉間に皺を刻んでアーディルに問う。
「これは……魔獣を使った呪術に関する研究資料ですか?」
シルヴェリオの声に緊張感が孕む。
紙に書かれていたのは、二年前に行われた魔獣の体に呪術のための魔法文字を刻んだ実験の記録。
禁じられているはずの呪術が使われていたのだ。
「その通りだ。密かに人をつけて調べたところ、祖父と叔父は錬金術師でも使える呪術について研究し始めているようだ。以前は魔法に興味を持っていたのだが、呪術へと関心が移ってしまった。おおよそ、呪術を習得して政敵を排除したり脅しの道具として使うつもりなのだろう」
アーディルの祖父と叔父は野心家で、貴族としても錬金術師としてもより高い地位や強い権力を欲している。
アーディルの母を第三王妃にしたのも、彼女が王子を産めば王族の次に強い権力を持てると踏んだからだ。
しかし息子を失って精神的に弱ってしまった第三王妃が次の王子を産めそうにないため、禁じられた人造人間の生成に手を出した。
彼らは禁じられた錬金術や呪術に手を出すことに抵抗はない。むしろ野望を叶えるためには進んで使う。
『そんなことに呪術を使おうとするなんて、絵に描いたように悪い奴らだなぁ』
オルフェンはげんなりとした顔で溜息をつく。
「祖父と叔父はオルキメア王国の宰相との取引の対価として呪術者を借りて研究を行っている。エイレーネ王国に現れた火の死霊竜は祖父と叔父らが実験で生成した生き物だ。あの火の死霊竜が初めて目撃された時期に彼らが火の死霊竜の骨を購入した記録が残っている」
「……っ!」
アーディルから告げられた言葉にシルヴェリオの手に力が入り、研究資料がくしゃりと乾いた音を立てた。
あの呪術と錬金術で造られたと推測されている奇妙な火の死霊竜についての謎が、まるでパズルのピースがはめられていくように解明されていく。
「あの火の死霊竜はエイレーネ王国以外の国でも目撃されており、各国で警戒されていた。そこで私も火の死霊竜がイルム王国に侵入してきた際の討伐作戦を立てるために情報を集めていたのだが……その時に白い魔女からの接触があった。祖父と叔父の陰謀については、恥ずかしながら彼女から聞かされてから調査して初めて知ったのだ」
「白い魔女……」
シルヴェリオは記憶を辿るように小さく呟く。
以前、アーディルがフレイヤに耳打ちした呼び名だ。
「その白い魔女とは、誰なのですか?」
シルヴェリオの問いに、アーディルはすぐに答えた。
「オルメキア王国の第一王女のラグナ殿だ。オルメキア王国が誇る魔導士の始祖のアストリッドによく似た容姿だから、彼女の名を伏せる時は白い魔女と呼んでいる」
***あとがき***
結局先週は投稿できず申し訳ございませんでした!
あと2週間したら落ち着くと信じて、できる限り時間を捻出して執筆していきます!
「……」
シルヴェリオは思い悩んでいるような表情で、アーディルから差し出された手を見つめる。
少し躊躇ったが、ゆっくりと手を差し出してアーディルと握手を交わした。
「エイレーネ王国の平和を守るためにも、取引の阻止に協力します。この国で違法とされる錬金術を使われてはなりませんから」
シルヴェリオは慎重に言葉を選んで紡いでいく。
実のところ、アーディルから告げられた恐ろしい陰謀についてはまだ半信半疑だ。
なぜこのような重要な話をエイレーネ王国の国王ではなく自分にするのだろうかと、訝しく思っている。
エイレーネ王国の協力を得たいのであればエイレーネ王国の国王に話すべきだろうに、と。
シルヴェリオの表情に気づいたアーディルは、形の整った眉を微かに持ち上げた。
「納得のいかない顔をしているな。気になることがあれば、率直に言ってくれ」
「……このような重大な話は、私のような一介の魔導士ではなくエイレーネ王国の国王にされるべきではと思ったのです。その方がより迅速に動いて取引を防ぐことができるでしょう」
他国の王妃を輩出した貴族家や宰相を取り締まるとなれば、大掛かりな作戦になるだろう。
魔導士のみを動かすのであればシルヴェリオ一人の判断でできるかもしれないが、今回は騎士や大臣たちにも働きかける必要がありそうだ。シルヴェリオは彼らに動いてもらうために一から説明しなければならない。
「なんだ、そういうことか。もちろん、取引の阻止についてはエイレーネ王国の国王にも相談するつもりだが、私はどうしても貴殿に協力してほしいから先に話した」
アーディルはすっと目を眇める。まるで眩い光を見ているかのような表情でシルヴェリオを見つめた。
「貴殿はこの国の第二王子のネストレ殿が呪いにかかった時、解呪のために誰よりも奔走したと聞いた。そうして解呪を成し遂げた貴殿の力をぜひ借りたいと思ったのだ。困難に直面しても粘り強く向き合って成し遂げる者はそうそういないからな」
「……買い被りすぎです。あれは私一人で成し遂げたことではありません」
シルヴェリオにとって、解呪での最大の立役者はフレイヤだ。
本当はそう言いたいところだが、アーディルがフレイヤに興味を持って彼女の持つ聖属性の魔力のことを知られてはならないため、言わなかった。
「周りにいる者を動かすほどの強い想いと行動力を併せ持っているということだ。尊敬するよ」
アーディルはシルヴェリオの功績を称えるように力強く握手を返すと、手を解いた。
長衣のポケットから紙の束を取り出してシルヴェリオに手渡す。
シルヴェリオは紙に書かれている内容を読む。
イルム王国の言葉で書かれていたが、イルム王国の言葉を学んだことがあるシルヴェリオは内容を理解できた。
隣にいるオルフェンもシルヴェリオの手の中にある紙を覗き込んで読み始めた。
オルフェンもまたイルム王国の言葉がわかるようで、薄荷色の目を忙しなく動かして文字を追っている。
先に読み終わったシルヴェリオは、眉間に皺を刻んでアーディルに問う。
「これは……魔獣を使った呪術に関する研究資料ですか?」
シルヴェリオの声に緊張感が孕む。
紙に書かれていたのは、二年前に行われた魔獣の体に呪術のための魔法文字を刻んだ実験の記録。
禁じられているはずの呪術が使われていたのだ。
「その通りだ。密かに人をつけて調べたところ、祖父と叔父は錬金術師でも使える呪術について研究し始めているようだ。以前は魔法に興味を持っていたのだが、呪術へと関心が移ってしまった。おおよそ、呪術を習得して政敵を排除したり脅しの道具として使うつもりなのだろう」
アーディルの祖父と叔父は野心家で、貴族としても錬金術師としてもより高い地位や強い権力を欲している。
アーディルの母を第三王妃にしたのも、彼女が王子を産めば王族の次に強い権力を持てると踏んだからだ。
しかし息子を失って精神的に弱ってしまった第三王妃が次の王子を産めそうにないため、禁じられた人造人間の生成に手を出した。
彼らは禁じられた錬金術や呪術に手を出すことに抵抗はない。むしろ野望を叶えるためには進んで使う。
『そんなことに呪術を使おうとするなんて、絵に描いたように悪い奴らだなぁ』
オルフェンはげんなりとした顔で溜息をつく。
「祖父と叔父はオルキメア王国の宰相との取引の対価として呪術者を借りて研究を行っている。エイレーネ王国に現れた火の死霊竜は祖父と叔父らが実験で生成した生き物だ。あの火の死霊竜が初めて目撃された時期に彼らが火の死霊竜の骨を購入した記録が残っている」
「……っ!」
アーディルから告げられた言葉にシルヴェリオの手に力が入り、研究資料がくしゃりと乾いた音を立てた。
あの呪術と錬金術で造られたと推測されている奇妙な火の死霊竜についての謎が、まるでパズルのピースがはめられていくように解明されていく。
「あの火の死霊竜はエイレーネ王国以外の国でも目撃されており、各国で警戒されていた。そこで私も火の死霊竜がイルム王国に侵入してきた際の討伐作戦を立てるために情報を集めていたのだが……その時に白い魔女からの接触があった。祖父と叔父の陰謀については、恥ずかしながら彼女から聞かされてから調査して初めて知ったのだ」
「白い魔女……」
シルヴェリオは記憶を辿るように小さく呟く。
以前、アーディルがフレイヤに耳打ちした呼び名だ。
「その白い魔女とは、誰なのですか?」
シルヴェリオの問いに、アーディルはすぐに答えた。
「オルメキア王国の第一王女のラグナ殿だ。オルメキア王国が誇る魔導士の始祖のアストリッドによく似た容姿だから、彼女の名を伏せる時は白い魔女と呼んでいる」
***あとがき***
結局先週は投稿できず申し訳ございませんでした!
あと2週間したら落ち着くと信じて、できる限り時間を捻出して執筆していきます!