追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。
113.白い魔女
「オルメキア王国の第一王女が、白い魔女……」
シルヴェリオは予想外の人物に愕然とした。
魔女と呼ばれるほどだから女性の魔導士だろうと考えていたが、王族だったとは予想すらできなかった。
「オルメキア王国の第一王女がイルム王国の貴族家が絡む陰謀をアーディル殿下に伝えたということは、第一王女は自国の宰相が企てている陰謀を知っているのですね?」
「ああ、初めは自国の者で力を合わせて陰謀を阻止しようとしていたが、宰相があまりにも狡猾なため苦戦を強いられ、しかたがなく異国の者にも助けを求めたと聞いた」
オルメキア王国の宰相は長らく王家に忠実に使えてきた貴族家ということもあり国王と王妃は完全に彼を信頼している。
彼らの娘である第一王女――ラグナが宰相を警戒してほしいと二人に提言したが、ラグナの思い違いではないかと言って信じてくれなかった。
宰相に対抗できる貴族を味方につけようと模索したが、そのような力のある貴族は宰相と同じ第一王子派に属しているため、敵対する派閥が支持するラグナが話しかけたところで逃げるばかりだった。
「王族には権力があるが、意外と無力なのだよ。力のある貴族に対抗できず、他国の人間の力を借りるしかない」
アーディルはラグナの話を終えると、やるせなさを滲ませた表情を浮かべる。
彼もまた祖父と叔父の陰謀を阻止するべく他国の人間であるシルヴェリオたちの力を借りようとしているため、ラグナに自信を重ねているようだ。
『はぁ、人間って何百年も何千年経っても同じような理由で喧嘩ばかりしているね』
オルフェンは人間同士のしがらみには興味がないため、退屈になってきたようで欠伸を噛み殺す。
その隣で、シルヴェリオはアーディルから聞いた話を頭の中で整理して、首を傾げた。
「第一王女殿下はなぜ、フレイさんを探しているのですか? アーディル殿下は以前、白い魔女――第一王女殿下がフレイさんの前に姿を現すから気を付けるようフレイさんにお話したと聞きました。その理由を教えていただけますか?」
フレイヤが祝福の調香師と呼ばれているから近づくのであれば、何かしら理由があるはずだとシルヴェリオは睨んでいる。
オルメキアの宰相の陰謀に対抗するためにフレイヤの力を必要としているのだろうかと仮説を立てたが、どう考えてもフレイヤの持つ力が陰謀に対抗できるものとは思えない。
シルヴェリオの問いに、アーディルは小さく肩を竦める。
「弟君を助けるためだ。フレイヤ殿なら病を癒してくれるかもしれないと、一縷の望みをかけているのだろう。派閥のせいで物心がついた頃から敵対関係にあったと聞いているが、私に弟君の話をしていた時のラグナ殿は、弟君を心配しているように見えた」
「それでは、フレイさんをオルメキア王国に連れて行こうとしていると?」
「ああ、どうにかしてすぐにでも連れて行こうとしているはずだ。正攻法で自国に招くのならいいのだが……そうすれば宰相の邪魔が入ると想定して秘密裏に連れて行くだろう」
オルメキア王国の宰相は第一王子の死を防ぐのではなく、彼の死後にアーディルの祖父と叔父の力を借りて生き返らせようとしている。
そんな彼からすると、第一王子に近づくラグナやラグナが連れてきた人物は警戒対象でしかない。
なるべく彼女たちと第一王子が会わないように妨害してくるはずだ。
「……フレイさんには一刻も早く安全な場所に避難してもらわなければ……」
相手が王女で魔導士の始祖の末裔となれば、それなりの対策が必要だ。
シルヴェリオはエイレーネ王国の中で安全な場所はどこだろうかと考えを巡らせる。
(コルティノーヴィス家の屋敷は……高度な魔法を使われたら太刀打ちできないだろう。魔導士団の建物や寮なら、それなりに魔法防御があるからオルメキア王国の第一王女といえどそう簡単に近づけないのではないか?)
シルヴェリオが候補の避難先を思い浮かべては悩んでいると、不意にアーディルがクスリと笑った。
「コルティノーヴィス卿は冷徹な性格だという噂を聞いていたが、そのようには見えないな。フレイヤ殿のことになると冷徹さを失くしているように見える。先日の商談からずっと気になっていたのだが――コルティノーヴィス卿はフレイヤ殿の恋人なのか?」
「……いったい何を言い出すのですか?」
シルヴェリオは半眼になり、アーディルを睨んだ。アーディルは面白がるように笑みを深める。
「私がフレイヤ殿を引き抜こうとしたら憤っていたから、どうも上司と部下以上の関係なのではと思ってね」
「そのような関係ではありません。私とフレイさんは上司と部下のようなものです」
「なるほど、コルティノーヴィス卿の片想いか」
「……」
シルヴェリオはすぐには答えなかった。
握りこぶしを作り、視線をアーディルから少しずらす。まるで、ここにはいない人物に想いを馳せるように、どこともない一点を見つめる。
「ええ、そうです。俺はフレイさんを愛しています。あの人のひたむきさと優しさを隣で見ている間に惹かれたのです。それに……あんなにも真面目なのに菓子に釣られてしまう迂闊なところもあるなんて、可愛い意外性があって目が離せないのですよ。前なんて――」
「お、おい、ちょっとつついただけで雪崩のように吐露するな。適当にはぐらかせばいいのに、真面目に答えるなんていつか損してしまうぞ」
アーディルはやや慌てた様子で、両手を宙に浮かせてパタパタと動かしては、シルヴェリオの言葉を止めようとする。
『うっすらと気づいていたけど、やっぱりそうだったんだ』
オルフェンはまたもや大きな欠伸をしながら、興味がなさそうに呟く。
先ほどよりもやや緩んだ空気の中で、ラベクが何かを感じ取ったのか、急に動き出してアーディルの前に立つ。
彼の視線の先に目を向けると、リベラトーレが髪を振り乱してこちらに向かって走って来ているところだ。
いつもはきちんと身だしなみを整えているリベラトーレが、今は片眼鏡がズレていても気に留めておらず、おまけに余裕が無さそうに見える。
「シルヴェリオ様! 緊急事態です」
リベラトーレは息継ぎをしながらシルヴェリオに声をかけた。
「緊急事態のため駆けつけてきました。フレイヤちゃんがサヴィーニガラス工房で行方不明になったので、ヴェーラ様の指揮のもと、コルティノーヴィス伯爵家の騎士たちが捜索しています」
「――っ!」
シルヴェリオは絶句した。隣にいるオルフェンもまた、瞠目したまま固まっている。
「フレイヤちゃんと一緒に工房へ行ったアレッシアさんが顔面蒼白で工房に戻ってきて、エレナさんに事の次第を細かく話してくれたので、エレナさんがすぐにコルティノーヴィス伯爵家から派遣している騎士を通して状況をヴェーラ様に説明してくれたんですよ。それで、王宮にいるシルヴェリオ様に連絡する術がないし平民の彼女たちは王宮に足を踏み入れられないので私が遣わされた次第です。アレッシアさんの話によると、フレイヤちゃんは急に目の前から姿を消したそうですよ。その際、往路で偶然出会った少女も一緒に姿を消したそうで、少女の行方も追っています」
「偶然出会った少女?」
シルヴェリオは怪訝そうに眉を顰める。
「なんでも、オルメキア王国出身の少女で、馬車に轢かれそうになったところをフレイヤちゃんが助けたそうです。フレイヤちゃんたちがガラス工房に行くと聞いて興味を持ったから一緒に行ったのだとか……」
「……完全にしてやられたな。恐らくその少女は、魔法で姿を変えたオルメキア王国の第一王女だ」
シルヴェリオはアーディルに向き直ると、いつもよりやや落ち着きのない所作で礼をとる。
「話の最中で申し訳ございませんが、フレイさんを探すため下がらせていただきます」
「相分かった。第一王女の顔を知っている私も協力しよう。ネストレ殿下に外出することを伝えてくるから、後から合流する」
「ご協力に感謝いたします。――リベラトーレ、まずは姉上のもとに連れて行ってくれ。オルフェン、行くぞ」
シルヴェリオはくるりと踵を返しリベラトーレとオルフェンに声をかけると駆け出した。
遅れをとったリベラトーレとオルフェンは、急いでシルヴェリオの後を追う。
(フレイさんを危険に晒してしまった)
シルヴェリオは唇を噛み締める。
フレイヤの身を案じ、そして自身の迂闊さを呪った。
ざわりと強く風が吹き、庭園の植物を揺らす。
シルヴェリオは風に舞う葉や色とりどりの花びらを睨みながら、ひたすら足を動かした。
シルヴェリオは予想外の人物に愕然とした。
魔女と呼ばれるほどだから女性の魔導士だろうと考えていたが、王族だったとは予想すらできなかった。
「オルメキア王国の第一王女がイルム王国の貴族家が絡む陰謀をアーディル殿下に伝えたということは、第一王女は自国の宰相が企てている陰謀を知っているのですね?」
「ああ、初めは自国の者で力を合わせて陰謀を阻止しようとしていたが、宰相があまりにも狡猾なため苦戦を強いられ、しかたがなく異国の者にも助けを求めたと聞いた」
オルメキア王国の宰相は長らく王家に忠実に使えてきた貴族家ということもあり国王と王妃は完全に彼を信頼している。
彼らの娘である第一王女――ラグナが宰相を警戒してほしいと二人に提言したが、ラグナの思い違いではないかと言って信じてくれなかった。
宰相に対抗できる貴族を味方につけようと模索したが、そのような力のある貴族は宰相と同じ第一王子派に属しているため、敵対する派閥が支持するラグナが話しかけたところで逃げるばかりだった。
「王族には権力があるが、意外と無力なのだよ。力のある貴族に対抗できず、他国の人間の力を借りるしかない」
アーディルはラグナの話を終えると、やるせなさを滲ませた表情を浮かべる。
彼もまた祖父と叔父の陰謀を阻止するべく他国の人間であるシルヴェリオたちの力を借りようとしているため、ラグナに自信を重ねているようだ。
『はぁ、人間って何百年も何千年経っても同じような理由で喧嘩ばかりしているね』
オルフェンは人間同士のしがらみには興味がないため、退屈になってきたようで欠伸を噛み殺す。
その隣で、シルヴェリオはアーディルから聞いた話を頭の中で整理して、首を傾げた。
「第一王女殿下はなぜ、フレイさんを探しているのですか? アーディル殿下は以前、白い魔女――第一王女殿下がフレイさんの前に姿を現すから気を付けるようフレイさんにお話したと聞きました。その理由を教えていただけますか?」
フレイヤが祝福の調香師と呼ばれているから近づくのであれば、何かしら理由があるはずだとシルヴェリオは睨んでいる。
オルメキアの宰相の陰謀に対抗するためにフレイヤの力を必要としているのだろうかと仮説を立てたが、どう考えてもフレイヤの持つ力が陰謀に対抗できるものとは思えない。
シルヴェリオの問いに、アーディルは小さく肩を竦める。
「弟君を助けるためだ。フレイヤ殿なら病を癒してくれるかもしれないと、一縷の望みをかけているのだろう。派閥のせいで物心がついた頃から敵対関係にあったと聞いているが、私に弟君の話をしていた時のラグナ殿は、弟君を心配しているように見えた」
「それでは、フレイさんをオルメキア王国に連れて行こうとしていると?」
「ああ、どうにかしてすぐにでも連れて行こうとしているはずだ。正攻法で自国に招くのならいいのだが……そうすれば宰相の邪魔が入ると想定して秘密裏に連れて行くだろう」
オルメキア王国の宰相は第一王子の死を防ぐのではなく、彼の死後にアーディルの祖父と叔父の力を借りて生き返らせようとしている。
そんな彼からすると、第一王子に近づくラグナやラグナが連れてきた人物は警戒対象でしかない。
なるべく彼女たちと第一王子が会わないように妨害してくるはずだ。
「……フレイさんには一刻も早く安全な場所に避難してもらわなければ……」
相手が王女で魔導士の始祖の末裔となれば、それなりの対策が必要だ。
シルヴェリオはエイレーネ王国の中で安全な場所はどこだろうかと考えを巡らせる。
(コルティノーヴィス家の屋敷は……高度な魔法を使われたら太刀打ちできないだろう。魔導士団の建物や寮なら、それなりに魔法防御があるからオルメキア王国の第一王女といえどそう簡単に近づけないのではないか?)
シルヴェリオが候補の避難先を思い浮かべては悩んでいると、不意にアーディルがクスリと笑った。
「コルティノーヴィス卿は冷徹な性格だという噂を聞いていたが、そのようには見えないな。フレイヤ殿のことになると冷徹さを失くしているように見える。先日の商談からずっと気になっていたのだが――コルティノーヴィス卿はフレイヤ殿の恋人なのか?」
「……いったい何を言い出すのですか?」
シルヴェリオは半眼になり、アーディルを睨んだ。アーディルは面白がるように笑みを深める。
「私がフレイヤ殿を引き抜こうとしたら憤っていたから、どうも上司と部下以上の関係なのではと思ってね」
「そのような関係ではありません。私とフレイさんは上司と部下のようなものです」
「なるほど、コルティノーヴィス卿の片想いか」
「……」
シルヴェリオはすぐには答えなかった。
握りこぶしを作り、視線をアーディルから少しずらす。まるで、ここにはいない人物に想いを馳せるように、どこともない一点を見つめる。
「ええ、そうです。俺はフレイさんを愛しています。あの人のひたむきさと優しさを隣で見ている間に惹かれたのです。それに……あんなにも真面目なのに菓子に釣られてしまう迂闊なところもあるなんて、可愛い意外性があって目が離せないのですよ。前なんて――」
「お、おい、ちょっとつついただけで雪崩のように吐露するな。適当にはぐらかせばいいのに、真面目に答えるなんていつか損してしまうぞ」
アーディルはやや慌てた様子で、両手を宙に浮かせてパタパタと動かしては、シルヴェリオの言葉を止めようとする。
『うっすらと気づいていたけど、やっぱりそうだったんだ』
オルフェンはまたもや大きな欠伸をしながら、興味がなさそうに呟く。
先ほどよりもやや緩んだ空気の中で、ラベクが何かを感じ取ったのか、急に動き出してアーディルの前に立つ。
彼の視線の先に目を向けると、リベラトーレが髪を振り乱してこちらに向かって走って来ているところだ。
いつもはきちんと身だしなみを整えているリベラトーレが、今は片眼鏡がズレていても気に留めておらず、おまけに余裕が無さそうに見える。
「シルヴェリオ様! 緊急事態です」
リベラトーレは息継ぎをしながらシルヴェリオに声をかけた。
「緊急事態のため駆けつけてきました。フレイヤちゃんがサヴィーニガラス工房で行方不明になったので、ヴェーラ様の指揮のもと、コルティノーヴィス伯爵家の騎士たちが捜索しています」
「――っ!」
シルヴェリオは絶句した。隣にいるオルフェンもまた、瞠目したまま固まっている。
「フレイヤちゃんと一緒に工房へ行ったアレッシアさんが顔面蒼白で工房に戻ってきて、エレナさんに事の次第を細かく話してくれたので、エレナさんがすぐにコルティノーヴィス伯爵家から派遣している騎士を通して状況をヴェーラ様に説明してくれたんですよ。それで、王宮にいるシルヴェリオ様に連絡する術がないし平民の彼女たちは王宮に足を踏み入れられないので私が遣わされた次第です。アレッシアさんの話によると、フレイヤちゃんは急に目の前から姿を消したそうですよ。その際、往路で偶然出会った少女も一緒に姿を消したそうで、少女の行方も追っています」
「偶然出会った少女?」
シルヴェリオは怪訝そうに眉を顰める。
「なんでも、オルメキア王国出身の少女で、馬車に轢かれそうになったところをフレイヤちゃんが助けたそうです。フレイヤちゃんたちがガラス工房に行くと聞いて興味を持ったから一緒に行ったのだとか……」
「……完全にしてやられたな。恐らくその少女は、魔法で姿を変えたオルメキア王国の第一王女だ」
シルヴェリオはアーディルに向き直ると、いつもよりやや落ち着きのない所作で礼をとる。
「話の最中で申し訳ございませんが、フレイさんを探すため下がらせていただきます」
「相分かった。第一王女の顔を知っている私も協力しよう。ネストレ殿下に外出することを伝えてくるから、後から合流する」
「ご協力に感謝いたします。――リベラトーレ、まずは姉上のもとに連れて行ってくれ。オルフェン、行くぞ」
シルヴェリオはくるりと踵を返しリベラトーレとオルフェンに声をかけると駆け出した。
遅れをとったリベラトーレとオルフェンは、急いでシルヴェリオの後を追う。
(フレイさんを危険に晒してしまった)
シルヴェリオは唇を噛み締める。
フレイヤの身を案じ、そして自身の迂闊さを呪った。
ざわりと強く風が吹き、庭園の植物を揺らす。
シルヴェリオは風に舞う葉や色とりどりの花びらを睨みながら、ひたすら足を動かした。