追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。
115.姉弟喧嘩
「ど、どうか今までの無礼をお許しください……!」
フレイヤはラグナから慌てて離れると、深く頭を下げて謝罪する。
ラグナは困っているようにも微笑んでいるようにも見える複雑な表情を浮かべると、フレイヤに近寄って彼女の頭を撫でた。
「お願いだから謝らないで、頭を上げてちょうだい? フレイヤさんは少しも悪くないわ。私が身分も年齢も偽ってあなたに近づいたのだから、気づけなかったのだから仕方がないわ。むしろ、あなたを騙した私が悪いのだもの。それに、ここまであなたを誘拐したのだから、私の方が比べものにならないくらい悪いでしょう?」
そう言い、フレイヤの頭をゆっくりとした手つきで撫で続ける。まるで泣いている子どもをあやしているかのように、優しく触れる。
予期せず撫でられたフレイヤは、すっかり驚いて固まってしまった。
(な、撫でてもらっている……?!)
呆然と撫でられているフレイヤの脳裏に、ふと姉のテミスとの思い出が過る。
故郷で過ごしていた頃、フレイヤが泣いたり落ち込んだりした時には、テミスがこうして頭を撫でてくれたのだった。
(相手は王女様なのに、なんだかお姉ちゃんに撫でてもらっているみたいな気持ちになっちゃうな……)
そんな考えもまた不敬に当たるのではと思うものの、不思議と先ほどより恐怖が和らいだ。
フレイヤはそろりと頭を上げる。ラグナと目が合うと、ラグナが柔らかく微笑んだ。まるでフレイヤを慈しむかのような、温かみのある笑顔だ。
「実は私、こっそりとエイレーネ王国に来ているの。だから今も王女だと思わないで接してくれたらいいわ」
「さ、さすがにそれはできません!」
「あら、残念ね。それならせめて、お友だちにはなってくれる?」
「それは畏れ多すぎます……!」
「困ったわねぇ。私、フレイヤさんともっと仲良くなりたいのに、どうしたらいいのかしら?」
ラグナは頬に手を添えて小首を傾げる。どうにかしてフレイヤと友人になるつもりでいるようだ。
初めは畏れ多いと言って暗に断ったフレイヤだが、もう一度断ることは気が引けた。どうしたらいいのかわからず、近くにいるメイドに視線を送って助けを求めてみるが、メイドはフレイヤと目が合うと軽く会釈をするだけで助け舟を出してくれない。
ほとほとに困り果てたフレイヤが勇気を振り絞って二度目の断りを言い出そうとしたところで、寝台のある方向から微かにうめき声が聞こえてきた。
フレイヤが寝台へと視線を移すと、ちょうど寝台で寝ていたアイリックがもぞりと動き、フレイヤたちのいる方へと顔を向けているところだった。
ごろんと寝返りを打ったアイリックの目は開いていた。
眠っていた時にはわからなかったが、切れ長の目でどこか冷たい印象がある。
目の色は菫のような紫色で、珍しい色合いだ。
フレイヤは思わず見惚れてしまった。
(わあ、綺麗な人。第一王女殿下もそうだけど、精霊だと名乗られても信じてしまいそうなほど美人……)
そんなことを考えていると、アイリックと目が合ってしまい、驚いて肩を揺らした。
王族の顔をジロジロと見てはならない。
フレイヤはアイリックからそっと視線を外して礼をとった。
「初めてお目にかかります。エイレーネ王国にあるコルティノーヴィス香水工房の調香師であるフレイヤ・ルアルディと申します」
「コルティノーヴィス香水工房の調香師……」
アイリックは小さく呟くと、額に手を当てて溜息を吐いた。
「そうか、君が噂の祝福の調香師か。エイレーネ王国の王族の姿や王族から派遣された騎士の姿も見当たらないということは、君はラグナの誘拐されてここに連れて来られたようだね?」
「え、ええと……」
フレイヤは言葉を詰まらせる。
アイリックの言う通りだが、ラグナに懐柔されたフレイヤは、「その通りです」と言い出せなかった。
「否定しないということは、どうやら私の推測通りのようだ。――ラグナ、この子を元いた場所に返してきなさい」
アイリックに話しを振られたラグナは、条件反射のように素早く「嫌よ」と拒否した。
それを合図に、ラグナとアイリックが睨み合いを始めてしまう。
フレイヤの目に、二人の間に火花が散った幻影が映った。
「フレイヤさんの力を借りるためにここまで攫ったのだから、そう簡単には返すつもりはなくてよ?」
「なにを言っているんだ、ラグナがしていることは誘拐なんだぞ?!」
「だって、こうするしか方法がなかったのよ。エイレーネ王国の王族に伺いを立てていたらうちの宰相に気づかれて邪魔されるわ!」
「それでも、やっていいことと悪いことがあるだろう?!」
言い合う二人の剣幕に押され、フレイヤは少しずつ後ずさりする。
いつの間にか控えているメイドの隣まで後退っていた。
「うちの王女殿下と王子殿下がすみません。最近はいつもああなんです」
メイドは軽く謝罪をすると、魔法の呪文を唱える。途端に、扉が開いてティートロリーが部屋の中に入ってくる。
メイドはティートロリーに載せられているティーポットの蓋を開けると、手際よく茶葉を選別して入れて、お茶の準備をし始めた。仕えている主人たちが喧嘩をしているのに気に留めていない様子だ。
「最近、ということは、以前はそんなに喧嘩をしなかったのですか?」
「喧嘩をしていたのはしていたのですが、こんなにも楽しそうではありませんでした」
「楽しそう……」
フレイヤは呆然としてメイドの言葉を繰り返す。
「はい、今はとても楽しそうで、見ていて安心します。以前は本当に血のつながった姉弟なのか疑うほど、お互いを敵対していましたから。……まあ、お二人の周囲にいる貴族たちが己の私利私欲を満たすためにお二人の仲を引き裂いたせいなのですが」
メイドはティーカップを温め終えると、ティーポットを傾けてティーポットの中に紅茶を注ぐ。
そうして紅茶の入ったティーカップをトレーに載せてフレイヤに差し出した。
「誘拐した手前こう言うのは気が引けるのですが、ラグナ殿下とアイリック殿下の事情を分かっていただきたいのです。簡単にお二人の昔話をするので、どうぞお茶を楽しみながら聞いてください」
フレイヤはラグナから慌てて離れると、深く頭を下げて謝罪する。
ラグナは困っているようにも微笑んでいるようにも見える複雑な表情を浮かべると、フレイヤに近寄って彼女の頭を撫でた。
「お願いだから謝らないで、頭を上げてちょうだい? フレイヤさんは少しも悪くないわ。私が身分も年齢も偽ってあなたに近づいたのだから、気づけなかったのだから仕方がないわ。むしろ、あなたを騙した私が悪いのだもの。それに、ここまであなたを誘拐したのだから、私の方が比べものにならないくらい悪いでしょう?」
そう言い、フレイヤの頭をゆっくりとした手つきで撫で続ける。まるで泣いている子どもをあやしているかのように、優しく触れる。
予期せず撫でられたフレイヤは、すっかり驚いて固まってしまった。
(な、撫でてもらっている……?!)
呆然と撫でられているフレイヤの脳裏に、ふと姉のテミスとの思い出が過る。
故郷で過ごしていた頃、フレイヤが泣いたり落ち込んだりした時には、テミスがこうして頭を撫でてくれたのだった。
(相手は王女様なのに、なんだかお姉ちゃんに撫でてもらっているみたいな気持ちになっちゃうな……)
そんな考えもまた不敬に当たるのではと思うものの、不思議と先ほどより恐怖が和らいだ。
フレイヤはそろりと頭を上げる。ラグナと目が合うと、ラグナが柔らかく微笑んだ。まるでフレイヤを慈しむかのような、温かみのある笑顔だ。
「実は私、こっそりとエイレーネ王国に来ているの。だから今も王女だと思わないで接してくれたらいいわ」
「さ、さすがにそれはできません!」
「あら、残念ね。それならせめて、お友だちにはなってくれる?」
「それは畏れ多すぎます……!」
「困ったわねぇ。私、フレイヤさんともっと仲良くなりたいのに、どうしたらいいのかしら?」
ラグナは頬に手を添えて小首を傾げる。どうにかしてフレイヤと友人になるつもりでいるようだ。
初めは畏れ多いと言って暗に断ったフレイヤだが、もう一度断ることは気が引けた。どうしたらいいのかわからず、近くにいるメイドに視線を送って助けを求めてみるが、メイドはフレイヤと目が合うと軽く会釈をするだけで助け舟を出してくれない。
ほとほとに困り果てたフレイヤが勇気を振り絞って二度目の断りを言い出そうとしたところで、寝台のある方向から微かにうめき声が聞こえてきた。
フレイヤが寝台へと視線を移すと、ちょうど寝台で寝ていたアイリックがもぞりと動き、フレイヤたちのいる方へと顔を向けているところだった。
ごろんと寝返りを打ったアイリックの目は開いていた。
眠っていた時にはわからなかったが、切れ長の目でどこか冷たい印象がある。
目の色は菫のような紫色で、珍しい色合いだ。
フレイヤは思わず見惚れてしまった。
(わあ、綺麗な人。第一王女殿下もそうだけど、精霊だと名乗られても信じてしまいそうなほど美人……)
そんなことを考えていると、アイリックと目が合ってしまい、驚いて肩を揺らした。
王族の顔をジロジロと見てはならない。
フレイヤはアイリックからそっと視線を外して礼をとった。
「初めてお目にかかります。エイレーネ王国にあるコルティノーヴィス香水工房の調香師であるフレイヤ・ルアルディと申します」
「コルティノーヴィス香水工房の調香師……」
アイリックは小さく呟くと、額に手を当てて溜息を吐いた。
「そうか、君が噂の祝福の調香師か。エイレーネ王国の王族の姿や王族から派遣された騎士の姿も見当たらないということは、君はラグナの誘拐されてここに連れて来られたようだね?」
「え、ええと……」
フレイヤは言葉を詰まらせる。
アイリックの言う通りだが、ラグナに懐柔されたフレイヤは、「その通りです」と言い出せなかった。
「否定しないということは、どうやら私の推測通りのようだ。――ラグナ、この子を元いた場所に返してきなさい」
アイリックに話しを振られたラグナは、条件反射のように素早く「嫌よ」と拒否した。
それを合図に、ラグナとアイリックが睨み合いを始めてしまう。
フレイヤの目に、二人の間に火花が散った幻影が映った。
「フレイヤさんの力を借りるためにここまで攫ったのだから、そう簡単には返すつもりはなくてよ?」
「なにを言っているんだ、ラグナがしていることは誘拐なんだぞ?!」
「だって、こうするしか方法がなかったのよ。エイレーネ王国の王族に伺いを立てていたらうちの宰相に気づかれて邪魔されるわ!」
「それでも、やっていいことと悪いことがあるだろう?!」
言い合う二人の剣幕に押され、フレイヤは少しずつ後ずさりする。
いつの間にか控えているメイドの隣まで後退っていた。
「うちの王女殿下と王子殿下がすみません。最近はいつもああなんです」
メイドは軽く謝罪をすると、魔法の呪文を唱える。途端に、扉が開いてティートロリーが部屋の中に入ってくる。
メイドはティートロリーに載せられているティーポットの蓋を開けると、手際よく茶葉を選別して入れて、お茶の準備をし始めた。仕えている主人たちが喧嘩をしているのに気に留めていない様子だ。
「最近、ということは、以前はそんなに喧嘩をしなかったのですか?」
「喧嘩をしていたのはしていたのですが、こんなにも楽しそうではありませんでした」
「楽しそう……」
フレイヤは呆然としてメイドの言葉を繰り返す。
「はい、今はとても楽しそうで、見ていて安心します。以前は本当に血のつながった姉弟なのか疑うほど、お互いを敵対していましたから。……まあ、お二人の周囲にいる貴族たちが己の私利私欲を満たすためにお二人の仲を引き裂いたせいなのですが」
メイドはティーカップを温め終えると、ティーポットを傾けてティーポットの中に紅茶を注ぐ。
そうして紅茶の入ったティーカップをトレーに載せてフレイヤに差し出した。
「誘拐した手前こう言うのは気が引けるのですが、ラグナ殿下とアイリック殿下の事情を分かっていただきたいのです。簡単にお二人の昔話をするので、どうぞお茶を楽しみながら聞いてください」