追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。
117.調香師にできること
ラグナとアイリックの過去、そしてリブの想いを聞いたフレイヤは、いたたまれない気持ちになり、手元のティーカップに視線を落とした。
琥珀色の水面に映る自分の表情は、しょんぼりとしており、また自身がなさそうにも見えて頼りなさげだ。酷い顔だと、自嘲気味に心の中で呟いた。
(できることなら、力になりたいけれど……私にそんな力はないよ……)
聖属性の魔力を持っているが、その使い方を知らないのだ。
もしも知っていたら、ラグナたちに気取られないようにさりげなく魔法でアイリックを治癒できたかもしれないのに――。
そう考えては落ち込んでしまい、内心溜息をつく。
「――うっ……ぐっ」
突然、アイリックが苦しそうに呻く声が聞こえてきた。はっとして振り返ると、アイリックが片手で自身の心臓の辺りを鷲掴みして前かがみになっていた。
呼吸が荒くなっており、見るからに苦しそうなアイリックの姿を目の当たりにしたフレイヤは、彼に魔力逆流症の発作が起きたのだと察した。
アイリックのそばにいるラグナは青ざめているが、狼狽えずにアイリックの体を支え、片手で彼の背をさすっている。
「アイリック、しっかりして! ……リブ、魔法石を持って来てちょうだい!」
「はい、ただいまお持ちします!」
リブは一度部屋を出ると、魔法石がたくさん入った木箱を魔法で運んで戻ってきた。
その木箱の中から魔法石を一つを取り出して、アイリックに握らせる。
魔法石を握り込んだアイリックが魔法の呪文を唱えると、魔法石はぴかりと紫色に光った。
まるでアイリックの目の色のようだと思いながらフレイヤが見ていると、魔法石は更に強く輝き始めた。
「ダメだわ! 魔法石が割れてしまう!」
リブが慌てて木箱から新しい魔法石を取り出してアイリックに差し出すと、アイリックは手に持っていた魔法石を手放して受け取る。
魔力が逆流した影響で発熱しているのか、アイリックは汗をかいており、額に髪がはりついている。
「あの、なにか手伝わせてください!」
フレイヤはティーカップをティートロリーの上に置き、寝台に駆け寄る。
ラグナは眉尻を下げて首を横に振った。
「気持ちは嬉しいけれど、もてなすべき客人に手伝わせるわけにはいかないわ」
「ですが、見ているだけなんてできません……!」
フレイヤはベッドサイドテーブルに銀の器と水差しと清潔な布を見つけた。今のように発作が起きた時にアイリックの体を拭くためのものだろう。
フレイヤは器の中に水差しの水を注ぐと、スカートのポケットの中から小さな瓶を取り出した。
本当は今朝エレナに贈ろうと思って作ったものだが、タイミングが合わず、渡しそびれていたものだ。
「あの、第一王子殿下はラベンダーの香りはお嫌いでしょうか?」
「いえ、ラベンダーの香りについては特に好き嫌いは無いかと……」
リブが答えてくれるや否や、フレイヤは器の中に小瓶の中の液体を注ぐ。仄かに、ラベンダーの香りがした。
「ラベンダーの香り水を少し混ぜました。少しでもリラックスできたらいいのですが……」
そう言い、フレイヤは布を器に浸してからしっかり絞ると、リブに手渡した。
本当はこのままアイリックの額の汗を拭いてあげたいところだが、王族の体に触れるわけにはいかないため、フレイヤができるのはあくまで準備だけだ。
リブはフレイヤから布を受け取ると、アイリックの額や顔をそっと拭う。
発作で苦しそうに顔を歪めていたアイリックの表情が、少し和らいだ。
アイリックの紫色の目が、ゆっくりとフレイヤに向く。
「……君、もしかしてその水に魔法をかけたのか?」
「いえ、全く……。本当に、ラベンダーの香り水を入れただけです」
「……そうか。少し、楽になった。感謝する」
それから、何度も魔法石に魔力を込めていくうちに、アイリックの呼吸は安定するようになった。そうして、最後に手に持っていた魔法石をラグナに手渡すと、ひどく疲れ切った顔で目を閉じた。
ベッドサイドテーブルの上には、強く光る魔法石が小さな山を形成しており、アイリックの魔力量の多さを物語っている。
「発作が治まったが、不思議といつもより体の調子がいい」
「それでも、疲れ切ったひどい顔をしているわよ。急激に魔力を大量に使ったからゆっくり休んだ方がいいわ」
ラグナはアイリックの顔にかかった髪を避けてあげると、彼に布団をかける。
そして、くるりと振り返ると、フレイヤに向かって困っているような笑みを浮かべた。
「フレイヤさん、別室へ行きましょう。あなたも休憩が必要なのに、この部屋に留まらせてしまってごめんなさい」
「い、いえ! 私は全く疲れていないので、気にしないでください。それに、無事に発作がおさまって、本当に良かったです」
ラグナ――王女に謝罪されて戸惑ったフレイヤは、慌てて両手を横に振った。
***
アイリックのいる部屋を後にしたフレイヤとラグナは、廊下を挟んで反対側にある部屋――客間に入る。
この部屋はラグナの寝室の隣にあり、フレイヤが滞在する際に使用するために用意された部屋だ。
つまり、フレイヤが逃げようとすればすぐにラグナが気づけるように魔法がかけられている。
それを除けば、フレイヤが快適に過ごせるように寝具から服や化粧品まで揃えられた素敵な部屋だ。
フレイヤは部屋に入ってすぐに、真新しい調香台を見つけた。
棚にはいくつか香料があり、香水を作る時に使用する道具も揃っている。
「香水作りに必要なものを用意しているわ。もし足りない物があれば言ってちょうだい。すぐに用意するわ」
フレイヤの視線に気づいたラグナもまた、調香台。
そして、フレイヤに向き直ると、フレイヤの両手を握る。
「お願い、あなたの作る香水で、アイリックを助けて……」
「わ、私は……」
フレイヤは言葉を詰まらせながら、ラグナを見つめる。
彼女の願いを叶えたいが、自分にはその手立てがないことに、もどかしさを感じた。
「私は本当に……ただの調香師なんです。私ができるのは、王子殿下の回復を祈って香りを作ることのみで……本当に回復することは、できないと思います」
フレイヤの言葉に、ラグナは今にも泣きそうな顔で、微笑んだ。
「それでもいいの。ほんの少しでも可能性があれば、かけたいわ。だから、お願い……」
「かしこまりました。第一王子殿下の回復を願って、心を込めて調香します」
フレイヤはラグナの手を、ギュッと握り返した。
***あとがき***
度々お待たせして申し訳ございません…!
琥珀色の水面に映る自分の表情は、しょんぼりとしており、また自身がなさそうにも見えて頼りなさげだ。酷い顔だと、自嘲気味に心の中で呟いた。
(できることなら、力になりたいけれど……私にそんな力はないよ……)
聖属性の魔力を持っているが、その使い方を知らないのだ。
もしも知っていたら、ラグナたちに気取られないようにさりげなく魔法でアイリックを治癒できたかもしれないのに――。
そう考えては落ち込んでしまい、内心溜息をつく。
「――うっ……ぐっ」
突然、アイリックが苦しそうに呻く声が聞こえてきた。はっとして振り返ると、アイリックが片手で自身の心臓の辺りを鷲掴みして前かがみになっていた。
呼吸が荒くなっており、見るからに苦しそうなアイリックの姿を目の当たりにしたフレイヤは、彼に魔力逆流症の発作が起きたのだと察した。
アイリックのそばにいるラグナは青ざめているが、狼狽えずにアイリックの体を支え、片手で彼の背をさすっている。
「アイリック、しっかりして! ……リブ、魔法石を持って来てちょうだい!」
「はい、ただいまお持ちします!」
リブは一度部屋を出ると、魔法石がたくさん入った木箱を魔法で運んで戻ってきた。
その木箱の中から魔法石を一つを取り出して、アイリックに握らせる。
魔法石を握り込んだアイリックが魔法の呪文を唱えると、魔法石はぴかりと紫色に光った。
まるでアイリックの目の色のようだと思いながらフレイヤが見ていると、魔法石は更に強く輝き始めた。
「ダメだわ! 魔法石が割れてしまう!」
リブが慌てて木箱から新しい魔法石を取り出してアイリックに差し出すと、アイリックは手に持っていた魔法石を手放して受け取る。
魔力が逆流した影響で発熱しているのか、アイリックは汗をかいており、額に髪がはりついている。
「あの、なにか手伝わせてください!」
フレイヤはティーカップをティートロリーの上に置き、寝台に駆け寄る。
ラグナは眉尻を下げて首を横に振った。
「気持ちは嬉しいけれど、もてなすべき客人に手伝わせるわけにはいかないわ」
「ですが、見ているだけなんてできません……!」
フレイヤはベッドサイドテーブルに銀の器と水差しと清潔な布を見つけた。今のように発作が起きた時にアイリックの体を拭くためのものだろう。
フレイヤは器の中に水差しの水を注ぐと、スカートのポケットの中から小さな瓶を取り出した。
本当は今朝エレナに贈ろうと思って作ったものだが、タイミングが合わず、渡しそびれていたものだ。
「あの、第一王子殿下はラベンダーの香りはお嫌いでしょうか?」
「いえ、ラベンダーの香りについては特に好き嫌いは無いかと……」
リブが答えてくれるや否や、フレイヤは器の中に小瓶の中の液体を注ぐ。仄かに、ラベンダーの香りがした。
「ラベンダーの香り水を少し混ぜました。少しでもリラックスできたらいいのですが……」
そう言い、フレイヤは布を器に浸してからしっかり絞ると、リブに手渡した。
本当はこのままアイリックの額の汗を拭いてあげたいところだが、王族の体に触れるわけにはいかないため、フレイヤができるのはあくまで準備だけだ。
リブはフレイヤから布を受け取ると、アイリックの額や顔をそっと拭う。
発作で苦しそうに顔を歪めていたアイリックの表情が、少し和らいだ。
アイリックの紫色の目が、ゆっくりとフレイヤに向く。
「……君、もしかしてその水に魔法をかけたのか?」
「いえ、全く……。本当に、ラベンダーの香り水を入れただけです」
「……そうか。少し、楽になった。感謝する」
それから、何度も魔法石に魔力を込めていくうちに、アイリックの呼吸は安定するようになった。そうして、最後に手に持っていた魔法石をラグナに手渡すと、ひどく疲れ切った顔で目を閉じた。
ベッドサイドテーブルの上には、強く光る魔法石が小さな山を形成しており、アイリックの魔力量の多さを物語っている。
「発作が治まったが、不思議といつもより体の調子がいい」
「それでも、疲れ切ったひどい顔をしているわよ。急激に魔力を大量に使ったからゆっくり休んだ方がいいわ」
ラグナはアイリックの顔にかかった髪を避けてあげると、彼に布団をかける。
そして、くるりと振り返ると、フレイヤに向かって困っているような笑みを浮かべた。
「フレイヤさん、別室へ行きましょう。あなたも休憩が必要なのに、この部屋に留まらせてしまってごめんなさい」
「い、いえ! 私は全く疲れていないので、気にしないでください。それに、無事に発作がおさまって、本当に良かったです」
ラグナ――王女に謝罪されて戸惑ったフレイヤは、慌てて両手を横に振った。
***
アイリックのいる部屋を後にしたフレイヤとラグナは、廊下を挟んで反対側にある部屋――客間に入る。
この部屋はラグナの寝室の隣にあり、フレイヤが滞在する際に使用するために用意された部屋だ。
つまり、フレイヤが逃げようとすればすぐにラグナが気づけるように魔法がかけられている。
それを除けば、フレイヤが快適に過ごせるように寝具から服や化粧品まで揃えられた素敵な部屋だ。
フレイヤは部屋に入ってすぐに、真新しい調香台を見つけた。
棚にはいくつか香料があり、香水を作る時に使用する道具も揃っている。
「香水作りに必要なものを用意しているわ。もし足りない物があれば言ってちょうだい。すぐに用意するわ」
フレイヤの視線に気づいたラグナもまた、調香台。
そして、フレイヤに向き直ると、フレイヤの両手を握る。
「お願い、あなたの作る香水で、アイリックを助けて……」
「わ、私は……」
フレイヤは言葉を詰まらせながら、ラグナを見つめる。
彼女の願いを叶えたいが、自分にはその手立てがないことに、もどかしさを感じた。
「私は本当に……ただの調香師なんです。私ができるのは、王子殿下の回復を祈って香りを作ることのみで……本当に回復することは、できないと思います」
フレイヤの言葉に、ラグナは今にも泣きそうな顔で、微笑んだ。
「それでもいいの。ほんの少しでも可能性があれば、かけたいわ。だから、お願い……」
「かしこまりました。第一王子殿下の回復を願って、心を込めて調香します」
フレイヤはラグナの手を、ギュッと握り返した。
***あとがき***
度々お待たせして申し訳ございません…!