追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。
119.規格外の上司
「フレイさん! 怪我はないか?」
「シルヴェリオ様……?」
フレイヤは自身の目を疑った。シルヴェリオならいつか探し出してくれるかもしれないと思っていたが、まさかこんなにも早く見つけ出してくれるとは思ってもみなかった。
「見つけられて、本当に良かった」
シルヴェリオは心から安堵した笑みを浮かべると、フレイヤの両肩に手を置き、少しかがんでフレイヤの顔を覗きこんできた。
突然、目の前にシルヴェリオの顔が迫り、その表情があまりにも愛おしい者に向けるようなものだったため、フレイヤの心臓がドキリと跳ねた。
「なにかされなかったか? 体に異常は?」
「い、いえ! なにもされていません! 体に異常もありませんし、少し休ませてもらったので元気です」
「……休ませてもらった?」
「オルメキア王国の第一王女殿下が、私が転移魔法で体調を崩していないか心配してくださったのです」
シルヴェリオの深い青色の目が、フレイヤの顔をじっと見つめてくる。まるでフレイヤの心を見透かそうとしているような目だ。
その眼差しはフレイヤを疑っているというより、フレイヤを案じているといったものだったため、フレイヤはシルヴェリオに心配をかけたことを申し訳なく思った。
「ご心配をおかけして申し訳ありません。それに、探し出してくださってありがとうございました。シルヴェリオ様はどうして、この場所がわかったんですか?」
「フレイさんの魔力を辿ってきたんだ。たとえ転移魔法を使ったとしても、移動人数が二人であればそう遠くは移動できない。長距離を移動できたとしても、エイレーネ王国の地方都市のどこかが精一杯だろう。だから魔力探知魔法をエイレーネ王国全土に巡らせて、フレイさんが魔法を使う瞬間を待っていた」
シルヴェリオの言葉に、ラグナとアイリックからどよめきが聞こえた。
「王国全土に魔法をかけて魔力を感じ取るなんて、魔力の消耗が激しいうえによほどの集中力がないとあらゆる魔力を感じ取って気が狂ってしまいそうだわ……」
「ああ、それほどの緻密な魔法を使ったのにも関わらずここまで転移魔法でくるとは、相当な魔力を持っているようだな」
「さすがはエイレーネ王国の次期魔導士団長と噂される人物だけあって、並外れた実力があるのね」
シルヴェリオがフレイヤのために使ってくれた魔法は、魔法については基礎しか知らないフレイヤからしても‶すごい魔法〟だが、魔法に長けたラグナとアイリックの様子を見ると限り、‶とてつもない凄技で並大抵の人間ができる技ではない〟魔法だったようだ。
フレイヤは改めて、シルヴェリオがとてつもなく強い魔導士であることを実感した。
(それにしても、第一王女殿下と第一王子殿下の話だと、シルヴェリオ様は魔力の消費が激しい魔法を立て続けに使ったということだよね? 体は大丈夫なのかな……?)
シルヴェリオの体調が気がかりになったフレイヤがシルヴェリオに尋ねようとしたところで、シルヴェリオはフレイヤの肩から手を離すと、フレイヤを背に隠して庇うように彼女の前に立つ。
途端に、ひやり、とシルヴェリオから微かに冷気が漂い始めた。
(どうして冷気が?)
フレイヤはシルヴェリオの影から少し体を動かして、シルヴェリオの向こう側、ラグナとアイリックを見遣る。二人とも、シルヴェリオを見たまま、まるで凍り付いてしまったかのように動かない。
シルヴェリオの背に隠されたフレイヤからは見えなかったが、シルヴェリオは建物の雨どいにあるガーゴイルのごとく凄みのあるしかめっ面をしていたのだった。
冷気もシルヴェリオが発したもので、フレイヤを誘拐した犯人たちが逃げようものなら凍らすつもりで密かに魔法を使っていた。
「オルメキア王国の第一王女のラグナ殿下と第一王子のアイリック殿下、あなた方二人には、私の大切な従業員を誘拐した罪を問わせていただきます。エイレーネ王国の第二王子であられるネストレ殿下にはこの場所を伝えていますので、じきに騎士団を率いてここを包囲するでしょう。抵抗すればすぐに身動きを封じますので心してください」
シルヴェリオは冷たい声で宣告すると、魔法の呪文を唱えた。シルヴェリオの魔法が発動したようで、屋敷全体に金色の光がさっと駆け巡る。
ラグナは部屋の壁に手を当てると、かすかに眉根を寄せた。
「屋敷から出られないように魔法をかけたのね。しかも、そう簡単に魔法を解除できない術式も組み込んでいるわ。魔力探知と転移魔法を使った後だというのに更に魔法を使うなんて、魔力切れが起こらないほど魔力に余裕があるのか、魔力切れの後遺症を恐れいない命知らずなのか……」
「ええ、転移魔法も無効化する術式を取り入れているので、大人しくここで騎士団の到着を待ってください」
シルヴェリオの言葉を聞いたラグナは、青ざめた顔でアイリックを背に庇う。
「弟とそこにいるメイドは関係ないわ。今回は私が単独で行ったものよ。だから、騎士団に引き渡すのは私だけにしてちょうだい」
「それが事実かどうか、はっきりさせるためにも全員に取り調べを受けていただきますので、静かに待っていてください」
シルヴェリオは淡々と答える。ラグナの言葉にはこれ以上、耳を傾けるつもりはなさそうだ。
シルヴェリオは絶対にラグナとアイリック、そして彼らに協力したリブを騎士団に引き渡すために、あらゆる魔法を駆使するだろう。
たしかにラグナはフレイヤを誘拐したという罪を犯した。しかしラグナにはそうするしかなかった事情があったのだ。
(もしも騎士団に引き渡されたら、どうなるのだろう?)
王族でも処罰を受けることはある。ラグナは王太子の座を奪われるのだろうか。それとも、平民相手の犯行であれば、謹慎や賠償金程度で済むのだろうか。
ラグナの受ける罰のことも不安だが、それ以上に心配なのは、騎士団に引き渡されてしまえば、ラグナの立場が悪くなり、ラグナを良く思わないオルメキア王国の貴族たちが、またラグナとアイリックを引き離してしまうという最悪の事態が起こることだ。
(もしも私が、誘拐ではないと言えば、シルヴェリオ様も騎士たちも信じてくれるかな?)
嘘をつくのは下手な方だが、それでも可能性に賭けたい。
フレイヤは決心して、シルヴェリオの背から出て、彼の前に立つ。
「シルヴェリオ様、誤解なんです」
「誤解?」
「はい、私は誘拐されていなくて、私が、第一王女殿下のお話を聞いて、力になりたくてついて行きました!」
フレイヤは自分の声が小さくならないよう、一生懸命声を張り上げて言いきった。
部屋の中に沈黙が降りる。
シルヴェリオとラグナとアイリック、そしてリブも、驚きに目を見開いていた。
「第一王女殿下は、病に侵された第一王子殿下を助けたくて、私の噂を聞いて訪ねて来たんです。私は、香りを作る事しかできませんが、どうしても力になりたくて、それで、ついて行きました。私が、お騒がせしてしまった罰を受けるべきなんです」
フレイヤは若草色の目を揺らしながらも、シルヴェリオを見つめる。
「ですが、その前に、第一王女殿下と第一王子殿下をお助けしたいのです。お二人は今、窮地に立たされています。どうか、力を貸していただけませんか?」
「シルヴェリオ様……?」
フレイヤは自身の目を疑った。シルヴェリオならいつか探し出してくれるかもしれないと思っていたが、まさかこんなにも早く見つけ出してくれるとは思ってもみなかった。
「見つけられて、本当に良かった」
シルヴェリオは心から安堵した笑みを浮かべると、フレイヤの両肩に手を置き、少しかがんでフレイヤの顔を覗きこんできた。
突然、目の前にシルヴェリオの顔が迫り、その表情があまりにも愛おしい者に向けるようなものだったため、フレイヤの心臓がドキリと跳ねた。
「なにかされなかったか? 体に異常は?」
「い、いえ! なにもされていません! 体に異常もありませんし、少し休ませてもらったので元気です」
「……休ませてもらった?」
「オルメキア王国の第一王女殿下が、私が転移魔法で体調を崩していないか心配してくださったのです」
シルヴェリオの深い青色の目が、フレイヤの顔をじっと見つめてくる。まるでフレイヤの心を見透かそうとしているような目だ。
その眼差しはフレイヤを疑っているというより、フレイヤを案じているといったものだったため、フレイヤはシルヴェリオに心配をかけたことを申し訳なく思った。
「ご心配をおかけして申し訳ありません。それに、探し出してくださってありがとうございました。シルヴェリオ様はどうして、この場所がわかったんですか?」
「フレイさんの魔力を辿ってきたんだ。たとえ転移魔法を使ったとしても、移動人数が二人であればそう遠くは移動できない。長距離を移動できたとしても、エイレーネ王国の地方都市のどこかが精一杯だろう。だから魔力探知魔法をエイレーネ王国全土に巡らせて、フレイさんが魔法を使う瞬間を待っていた」
シルヴェリオの言葉に、ラグナとアイリックからどよめきが聞こえた。
「王国全土に魔法をかけて魔力を感じ取るなんて、魔力の消耗が激しいうえによほどの集中力がないとあらゆる魔力を感じ取って気が狂ってしまいそうだわ……」
「ああ、それほどの緻密な魔法を使ったのにも関わらずここまで転移魔法でくるとは、相当な魔力を持っているようだな」
「さすがはエイレーネ王国の次期魔導士団長と噂される人物だけあって、並外れた実力があるのね」
シルヴェリオがフレイヤのために使ってくれた魔法は、魔法については基礎しか知らないフレイヤからしても‶すごい魔法〟だが、魔法に長けたラグナとアイリックの様子を見ると限り、‶とてつもない凄技で並大抵の人間ができる技ではない〟魔法だったようだ。
フレイヤは改めて、シルヴェリオがとてつもなく強い魔導士であることを実感した。
(それにしても、第一王女殿下と第一王子殿下の話だと、シルヴェリオ様は魔力の消費が激しい魔法を立て続けに使ったということだよね? 体は大丈夫なのかな……?)
シルヴェリオの体調が気がかりになったフレイヤがシルヴェリオに尋ねようとしたところで、シルヴェリオはフレイヤの肩から手を離すと、フレイヤを背に隠して庇うように彼女の前に立つ。
途端に、ひやり、とシルヴェリオから微かに冷気が漂い始めた。
(どうして冷気が?)
フレイヤはシルヴェリオの影から少し体を動かして、シルヴェリオの向こう側、ラグナとアイリックを見遣る。二人とも、シルヴェリオを見たまま、まるで凍り付いてしまったかのように動かない。
シルヴェリオの背に隠されたフレイヤからは見えなかったが、シルヴェリオは建物の雨どいにあるガーゴイルのごとく凄みのあるしかめっ面をしていたのだった。
冷気もシルヴェリオが発したもので、フレイヤを誘拐した犯人たちが逃げようものなら凍らすつもりで密かに魔法を使っていた。
「オルメキア王国の第一王女のラグナ殿下と第一王子のアイリック殿下、あなた方二人には、私の大切な従業員を誘拐した罪を問わせていただきます。エイレーネ王国の第二王子であられるネストレ殿下にはこの場所を伝えていますので、じきに騎士団を率いてここを包囲するでしょう。抵抗すればすぐに身動きを封じますので心してください」
シルヴェリオは冷たい声で宣告すると、魔法の呪文を唱えた。シルヴェリオの魔法が発動したようで、屋敷全体に金色の光がさっと駆け巡る。
ラグナは部屋の壁に手を当てると、かすかに眉根を寄せた。
「屋敷から出られないように魔法をかけたのね。しかも、そう簡単に魔法を解除できない術式も組み込んでいるわ。魔力探知と転移魔法を使った後だというのに更に魔法を使うなんて、魔力切れが起こらないほど魔力に余裕があるのか、魔力切れの後遺症を恐れいない命知らずなのか……」
「ええ、転移魔法も無効化する術式を取り入れているので、大人しくここで騎士団の到着を待ってください」
シルヴェリオの言葉を聞いたラグナは、青ざめた顔でアイリックを背に庇う。
「弟とそこにいるメイドは関係ないわ。今回は私が単独で行ったものよ。だから、騎士団に引き渡すのは私だけにしてちょうだい」
「それが事実かどうか、はっきりさせるためにも全員に取り調べを受けていただきますので、静かに待っていてください」
シルヴェリオは淡々と答える。ラグナの言葉にはこれ以上、耳を傾けるつもりはなさそうだ。
シルヴェリオは絶対にラグナとアイリック、そして彼らに協力したリブを騎士団に引き渡すために、あらゆる魔法を駆使するだろう。
たしかにラグナはフレイヤを誘拐したという罪を犯した。しかしラグナにはそうするしかなかった事情があったのだ。
(もしも騎士団に引き渡されたら、どうなるのだろう?)
王族でも処罰を受けることはある。ラグナは王太子の座を奪われるのだろうか。それとも、平民相手の犯行であれば、謹慎や賠償金程度で済むのだろうか。
ラグナの受ける罰のことも不安だが、それ以上に心配なのは、騎士団に引き渡されてしまえば、ラグナの立場が悪くなり、ラグナを良く思わないオルメキア王国の貴族たちが、またラグナとアイリックを引き離してしまうという最悪の事態が起こることだ。
(もしも私が、誘拐ではないと言えば、シルヴェリオ様も騎士たちも信じてくれるかな?)
嘘をつくのは下手な方だが、それでも可能性に賭けたい。
フレイヤは決心して、シルヴェリオの背から出て、彼の前に立つ。
「シルヴェリオ様、誤解なんです」
「誤解?」
「はい、私は誘拐されていなくて、私が、第一王女殿下のお話を聞いて、力になりたくてついて行きました!」
フレイヤは自分の声が小さくならないよう、一生懸命声を張り上げて言いきった。
部屋の中に沈黙が降りる。
シルヴェリオとラグナとアイリック、そしてリブも、驚きに目を見開いていた。
「第一王女殿下は、病に侵された第一王子殿下を助けたくて、私の噂を聞いて訪ねて来たんです。私は、香りを作る事しかできませんが、どうしても力になりたくて、それで、ついて行きました。私が、お騒がせしてしまった罰を受けるべきなんです」
フレイヤは若草色の目を揺らしながらも、シルヴェリオを見つめる。
「ですが、その前に、第一王女殿下と第一王子殿下をお助けしたいのです。お二人は今、窮地に立たされています。どうか、力を貸していただけませんか?」