追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。

120.親友の頼みとあれば

     ***

 フレイヤとシルヴェリオが再会した直後、ネストレが乗った幌馬車が王都にあるサヴィーニガラス工房の前に停まった。
 幌馬車は二台続いて停まっており、ネストレが乗っているのは先頭の幌馬車だ。後続には、彼の部下である騎士たちが乗っている。

 シルヴェリオから突然、魔法で作った青く光る鳥を使って連絡が来た。
 魔法を使った連絡は、魔導士たちが討伐中によく使う手段だ。それを、討伐先ではなく王都で使ってきたので、緊急事態なのだろうと察した。
 
(シルめ、珍しくシルから連絡してきたかと思えば、厄介ごとを押しつけやがって) 

 ネストレは顔を出して、サヴィーニガラス工房の前にいる男たちを見て苦笑した。
 
 そこにいるのは、いつになくしおらしいオルフェンと、バツが悪そうな顔をしたアーディルと、相変わらず無表情なラベク、そして、疲れ切った様子のリベラトーレだ。

 シルヴェリオからきた連絡はこうだ。
 
 フレイヤが転移魔法を使って誘拐されたから、彼らと一緒に王都中を探していた。埒が明かないと思って探知魔法をかけたら隣町でフレイヤの魔力を見つけ出したから、自分は転移魔法を使って先にフレイヤのもとを駆けつける。
 居場所は魔法で知らせるから、出動する部下たちと一緒に、残りの者たちを連れて来てくれ。
 
 その残りの者たちというのが、オルフェンたちのことだ。
 
 気まぐれな妖精に、優等生然としていながらも奔放な一面がある異国の王子に、その護衛。それに、リベラトーレもコルティノーヴィス伯爵に拗らせており、彼女のことが絡むと面倒だと巷で話題の人物だ。
 騎士団長になる前にも一つの部隊の隊長として個性のある部下たちを引き連れて魔物や魔獣討伐に赴いてきたネストレだが、正直言って彼らをまとめられる自信がない。あまりにも、粒ぞろいすぎる。

(まあ、なんでも一人で抱え込みがちなシルがようやく頼ってくれたのだから、最善を尽くさないといけないな)

 シルヴェリオとの付き合いは長いが、シルヴェリオが自分を頼ってくれたことはなかった。ジュスタ男爵から聞くところによると、上司のジュスタ男爵や、打ち解けた仲に見えるパルミロ・サルダーリに対しても頼ろうとしなかったそうだ。
 まるで、自分が人の手を借りるのは罪であるかのように、頑なに自分でどうにかしようとしていたそうだ。

 そんなシルヴェリオが自分を頼ってくれたことは嬉しい。たとえ、かなり面倒なメンバーと行動しなければならないとしても。
 だから、ネストレはシルヴェリオから連絡を受けた後、すぐに国王である父と、シルヴェリオの上司であるジュスタ男爵に連絡を入れた後、幌馬車を手配して部下と一緒に指定された場所に向かったのだ。
 
 ネストレは幌馬車の中からアーディルに声をかけた。

「コルティノーヴィス卿から事情を聞いています。今からこの馬車でルアルディ殿が攫われた場所に向かうから乗ってください」
「ああ、急な出動に対応してくれて感謝する。――さあ、皆の者も乗ろう!」

 意気揚々と乗り込んだアーディルを、ネストレはすかさず捕まえて耳打ちした。
 
「アーディル殿下、うちの騎士を置いてきぼりにした挙句、お話もなく勝手に外出されては困りますよ。何かあったらどうするのですか?」
「すまない。緊急事態だったから、どうしようもなかったのだ」
「緊急事態だからこそ、まずは私か兄に一言連絡を入れてください」
 
 そうして全員が乗り込むと、幌馬車が動き出した。
 それまで幌馬車の周りを飛んでいた深い青色に光る鳥が、ネストレたちが乗る幌馬車の前にすいと進み始めた。

「あれはコルティノーヴィス卿が魔法で作った鳥だ。目的地まで案内してくれるから、あの鳥の後を追ってくれ」
 
 ネストレは幌馬車の前方へ行き、馬の手綱を握っている部下に指示を出す。

(到着するまでに、アーディル殿下たちに作戦を説明しておかないといけないな)

 今回の目的はフレイヤの救出と、フレイヤを攫った誘拐犯の拘束。
 相手は転移魔法――高難易度の魔法を使うから魔導士も連れて行きたいところだが、急ぎのため魔導士団からの助っ人を呼ばずにオルフェンで戦力を補うことにした。

(問題は、オルフェンが協力してくれるかどうかだが……)

 頭を悩ませていると、不意にオルフェンがネストレの着ている騎士服の上着の裾を引っ張ってきた。

『ねぇ、どれくらいで隣町に着くの?』
「馬たちに俊足の魔法具をつけているから、二十分くらいだろう」
『……遅い』
「遅いと言われても……俊足の魔法具をつけていなかったら、もっと時間がかかるぞ」
『だけど、フレイヤが何をされているのかわからないのに、ゆっくりできないよ』

 とはいえ、オルフェンも今以上に早く目的地に着く術がないようで、いじけている。
 
「オルフェンなら転移魔法を使えそうだが、どうして使わないんだ?」
『フレイヤの居場所が分からなかったから、転移魔法を使えないんだ』

 オルフェンは白金色の瞼をそっと伏せると、ネストレの上着の裾から手を離す。

『僕はシルヴェリオほど器用に魔法を操ることができないよ。シルヴェリオは王国全土に魔力探知の魔法をかけてフレイヤの魔力を辿ったんだ。たとえ同じようにしたとしても、いくつもの魔力の中からフレイヤの魔力を辿るなんて到底できない』
「王国全土に……規模が大きすぎて、なにも言葉が出てこないな」

 魔法を広範囲に発動させると、範囲が広いほど魔力の消費量が増える。
 いつものシルヴェリオであれば、敵との戦闘を考慮して、魔力を温存する探し方を選んだはずだ。

(シルヴェリオが冷静さを欠くほど、ルアルディ殿が大切な存在なのだろうな。それにしても、ルアルディ殿の魔力が探知できることには、少し引いてしまうが……)

 魔力は持ち主によって個性があるものだが、明確に差別化できるほどの違いはない。それに、似たような魔力を持つ者だっている。
 だから、たくさんの魔力に紛れると、識別が難しい。それなのに、シルヴェリオは王国全土にある数多の魔力の中からフレイヤの魔力を見つけたのだ。
 聞く人によれば、シルヴェリオがフレイヤに執着していると捉えてしまうこともあるだろう。
 
『僕も魔力探知をしてみたけど、全くわからなかった』
「シルは魔力探知が得意だからな」

 すっかり気落ちしてしまったオルフェンを見て、気の毒に思ったネストレは、オルフェンの背中をポンポンと叩いてやった。

「シルがいたらルアルディ殿は無事なはずだ。それに、ルアルディ殿を救出するための作戦を立ててきたから、一緒に助け出そう」
『うん……』

 意外にも、オルフェンは素直に返事をした。白金色の睫毛がそっと震えて、持ちあがる。そうして現れた薄荷色の目は、幌馬車の前で羽ばたく深い青色の鳥を、縋るように見つめている。
 
『フレイヤが連れ去られたと聞いて、怖かった。このままフレイヤとずっと会えなかったら……フレイヤも()()()の時のように、僕の知らない間に死んでしまうのではないかと思うと、不安なんだ。僕がフレイヤの護衛を、しっかりしていれば、こんなことにはならなかったのに……』
「起きてしまったことはしかたがない。まずは事態を収拾して、今後はそうならないようにしよう」

 この調子なら、オルフェンは今回の作戦に協力してくれそうだ。
 ネストレは内心安堵した。
 
「――ところで、カリオとは誰なんだ?」
『フレイヤの祖父で、僕の友人だよ』
「……そうか、オルフェンはルアルディ殿の祖父殿と仲が良かったのだな」
 
 ――フレイヤの祖父。
 ネストレの祖父である前イェレアス侯爵家が調査を始めた人物だ。

 ここ最近の話題の人物が出てきたものだから、ネストレの脳裏に従兄弟のレイナルドと交わした会話が過る。
 祖父のことだから、徹底的に調べているだろう。

(建国祭が終わっても、休まらないだろうな)

 ネストレは視線を幌馬車の外にいる深い青色に光る鳥に向けて、シルヴェリオを案じた。
 
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