追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。
144.魔法は万能ではない
リベラトーレが食器を載せたティートロリーを押して部屋に戻ってきた。
「シルヴェリオ様、食器をお持ちしましたよ~」
ティートロリーの上にある皿はサラダが入っていた深皿とワイングラスだ。
メインディッシュに使われていた大きめの平皿やパン皿、デザートが入っていた器やティーカップなどは、すでに洗われてしまっていたらしい。
シルヴェリオは食器に手を翳し、毒を特定するために解析魔法の呪文を唱える。
金色の光が食器を包み込んだ直後、光はスッと消えた。
「……どうやら、毒が入っていたのはこれらの食器ではなかったようですね」
シルヴェリオはゆっくりと手を下ろす。
その手を、膝の上で強く握りしめた。
(もしも毒を解析できれば、屋敷全体に毒の在処を探す魔法をかけて、犯人を特定できたのだが……)
魔法は万能ではない。
曖昧な定義のなかで魔法を発動させたところで、思ったような結果は得られないのだ。
少しでも手がかりを見つけられたらと思っていたが、何も掴めなかったことが悔しくてならない。
次期魔導士団長と謳われるほどの魔法の腕を持っていたとしても、身近にいる大切な人を助けることができないということが、シルヴェリオに無力感を感じさせる。
「シルヴェリオ、そんな顔をするな。きっと、犯人は証拠が残らないように、私が食事を終えた後すぐに食器を片付けたのだろう。……私が犯人の立場であれば、きっとそうする」
ヴェーラは眉尻を下げたが、すぐに口元で弧を描き、晴れやかな表情を浮かべた。
「私のために複雑な魔法を使ってくれてありがとう。こんな状況で言うのはなんだが、シルヴェリオが私のために魔法を使ってくれたことが嬉しいよ。以前は、こうしてシルヴェリオの魔法を間近で見る事さえ叶わなかったからな。改めて、シルヴェリオと気兼ねなく話せるようになったという実感が湧いてきたよ」
きっと、励ますために紡いでくれた言葉なのだろう。
そう察したシルヴェリオは、やるせなさを覚え、自分でも知らないうちに眉間に皺を寄せた。
「犯人が見つかるまでは、ルアルディ殿に提供する菓子を厨房で用意することは止めておこう。万が一、毒が混入していては取り返しのつかないことになるからな」
「ええ、俺の方で王都にある店の菓子を買いに行きます」
フレイヤがコルティノーヴィス伯爵家の王都の屋敷を訪ねて以来、フレイヤへの福利厚生であるお菓子の提供に、ヴェーラも関わっているのだ。
ヴェーラは自分の頬に手を当てると、小さく溜息を吐く。
「いや、もし良ければ週に一度は、私の方でも選ばせてくれ。ルアルディ殿に食べてもらう菓子を考えることが楽しみなんだ」
「それなら、私のためにお菓子を用意してくださいよ~! ヴェーラ様が私のことを考えて選んでくださるのであれば、どんなものでも美味しく食べますから~!」
突然、リベラトーレがしれっと会話に割って入ってきた。
頬を膨らませ、明らかに不貞腐れたような表情を浮かべている。
そんな成人男性らしからぬ様子を見たシルヴェリオは、途端に疲労を感じ、げんなりとした表情で姉とリベラトーレを交互に見た。
姉は、この侍従のどこがいいのだろうか。
思わず口にしてしまいそうになるが、ぐっと堪える。
「リベラトーレ、子どものように駄々をこねるな。俺よりも年上の成人男性のくせして、見苦しいぞ」
「だって~、ヴェーラ様ったら、いつも嬉しそうに選んでいるんですよ。そんなヴェーラ様を見る度に、私の心の中ではフレイヤちゃんへの嫉妬の嵐が吹き荒れているんですからね!」
姉の秘書が嫉妬する対象は、異性だけではないらしい。
このまま姉の恋を応援していいのか、不安を感じ始めた。
もとより暴走気味なリベラトーレが、これから更に暴走して老若男女問わず――いや人間以外の種族にも嫉妬をする未来が視えてしまったのだ。
「姉上、新しい秘書を雇ってはいかがでしょうか?」
「そうだな、検討しておこう。ルアルディ殿にまで嫉妬されては、商団の仕事に支障が出るからな」
シルヴェリオの提案に、ヴェーラは悠然と答える。
リベラトーレは「そんなぁ~」と声を上げるが、悲壮感を纏わず、にこにことしたままだ。
自分は絶対にヴェーラから解雇されないのだと、わかっているように見えた。
「ルアルディ殿に来てもらう時には気を付けてくれ。私もできるだけルアルディ殿に被害が及ばないよう警戒するが、もしものことが起きてはならぬからな」
「はい、フレイさんが口にするものには事前に解析魔法をかけておきます」
できることなら、今すぐにでも犯人と黒幕を捕まえることができればいいのだが――。
シルヴェリオはヴェーラの手を見つめる。
手のしびれが残らないことを祈った。そして、それ以上に体調を崩すことがないようにとも。
「姉上、引き続きお気をつけください。犯人が見つかるまでは屋敷に滞在して、食事にはすべて毒の解析魔法をかけます。……とはいえ、昼は仕事で抜け出せそうにありませんが……」
「それはありがたい。シルヴェリオが滞在してくれて嬉しいし、シルヴェリオとルアルディ殿の良い知らせを聞くまでは、死ねないからな」
「――っ」
不意打ちで自分の恋愛事情を話題を出されたシルヴェリオは、驚きのあまり、すぐには言葉が出てこなかった。
とはいえ、なんと答えたらいいのかわからない。
気を紛らわすために、コホンと咳ばらいをして、ソファから立ち上がる。
「今日は俺も取り調べに加わります。魔法でお役に立つことはできませんが……人がたくさんいた方が、早く終わるでしょう」
「ありがとう、助かるよ。――リベラトーレ、シルヴェリオを案内しなさい」
シルヴェリオはリベラトーレと一緒に、ヴェーラの執務室から出る。
その背は、微笑みを浮かべたヴェーラに見守られていた。
「シルヴェリオ様、食器をお持ちしましたよ~」
ティートロリーの上にある皿はサラダが入っていた深皿とワイングラスだ。
メインディッシュに使われていた大きめの平皿やパン皿、デザートが入っていた器やティーカップなどは、すでに洗われてしまっていたらしい。
シルヴェリオは食器に手を翳し、毒を特定するために解析魔法の呪文を唱える。
金色の光が食器を包み込んだ直後、光はスッと消えた。
「……どうやら、毒が入っていたのはこれらの食器ではなかったようですね」
シルヴェリオはゆっくりと手を下ろす。
その手を、膝の上で強く握りしめた。
(もしも毒を解析できれば、屋敷全体に毒の在処を探す魔法をかけて、犯人を特定できたのだが……)
魔法は万能ではない。
曖昧な定義のなかで魔法を発動させたところで、思ったような結果は得られないのだ。
少しでも手がかりを見つけられたらと思っていたが、何も掴めなかったことが悔しくてならない。
次期魔導士団長と謳われるほどの魔法の腕を持っていたとしても、身近にいる大切な人を助けることができないということが、シルヴェリオに無力感を感じさせる。
「シルヴェリオ、そんな顔をするな。きっと、犯人は証拠が残らないように、私が食事を終えた後すぐに食器を片付けたのだろう。……私が犯人の立場であれば、きっとそうする」
ヴェーラは眉尻を下げたが、すぐに口元で弧を描き、晴れやかな表情を浮かべた。
「私のために複雑な魔法を使ってくれてありがとう。こんな状況で言うのはなんだが、シルヴェリオが私のために魔法を使ってくれたことが嬉しいよ。以前は、こうしてシルヴェリオの魔法を間近で見る事さえ叶わなかったからな。改めて、シルヴェリオと気兼ねなく話せるようになったという実感が湧いてきたよ」
きっと、励ますために紡いでくれた言葉なのだろう。
そう察したシルヴェリオは、やるせなさを覚え、自分でも知らないうちに眉間に皺を寄せた。
「犯人が見つかるまでは、ルアルディ殿に提供する菓子を厨房で用意することは止めておこう。万が一、毒が混入していては取り返しのつかないことになるからな」
「ええ、俺の方で王都にある店の菓子を買いに行きます」
フレイヤがコルティノーヴィス伯爵家の王都の屋敷を訪ねて以来、フレイヤへの福利厚生であるお菓子の提供に、ヴェーラも関わっているのだ。
ヴェーラは自分の頬に手を当てると、小さく溜息を吐く。
「いや、もし良ければ週に一度は、私の方でも選ばせてくれ。ルアルディ殿に食べてもらう菓子を考えることが楽しみなんだ」
「それなら、私のためにお菓子を用意してくださいよ~! ヴェーラ様が私のことを考えて選んでくださるのであれば、どんなものでも美味しく食べますから~!」
突然、リベラトーレがしれっと会話に割って入ってきた。
頬を膨らませ、明らかに不貞腐れたような表情を浮かべている。
そんな成人男性らしからぬ様子を見たシルヴェリオは、途端に疲労を感じ、げんなりとした表情で姉とリベラトーレを交互に見た。
姉は、この侍従のどこがいいのだろうか。
思わず口にしてしまいそうになるが、ぐっと堪える。
「リベラトーレ、子どものように駄々をこねるな。俺よりも年上の成人男性のくせして、見苦しいぞ」
「だって~、ヴェーラ様ったら、いつも嬉しそうに選んでいるんですよ。そんなヴェーラ様を見る度に、私の心の中ではフレイヤちゃんへの嫉妬の嵐が吹き荒れているんですからね!」
姉の秘書が嫉妬する対象は、異性だけではないらしい。
このまま姉の恋を応援していいのか、不安を感じ始めた。
もとより暴走気味なリベラトーレが、これから更に暴走して老若男女問わず――いや人間以外の種族にも嫉妬をする未来が視えてしまったのだ。
「姉上、新しい秘書を雇ってはいかがでしょうか?」
「そうだな、検討しておこう。ルアルディ殿にまで嫉妬されては、商団の仕事に支障が出るからな」
シルヴェリオの提案に、ヴェーラは悠然と答える。
リベラトーレは「そんなぁ~」と声を上げるが、悲壮感を纏わず、にこにことしたままだ。
自分は絶対にヴェーラから解雇されないのだと、わかっているように見えた。
「ルアルディ殿に来てもらう時には気を付けてくれ。私もできるだけルアルディ殿に被害が及ばないよう警戒するが、もしものことが起きてはならぬからな」
「はい、フレイさんが口にするものには事前に解析魔法をかけておきます」
できることなら、今すぐにでも犯人と黒幕を捕まえることができればいいのだが――。
シルヴェリオはヴェーラの手を見つめる。
手のしびれが残らないことを祈った。そして、それ以上に体調を崩すことがないようにとも。
「姉上、引き続きお気をつけください。犯人が見つかるまでは屋敷に滞在して、食事にはすべて毒の解析魔法をかけます。……とはいえ、昼は仕事で抜け出せそうにありませんが……」
「それはありがたい。シルヴェリオが滞在してくれて嬉しいし、シルヴェリオとルアルディ殿の良い知らせを聞くまでは、死ねないからな」
「――っ」
不意打ちで自分の恋愛事情を話題を出されたシルヴェリオは、驚きのあまり、すぐには言葉が出てこなかった。
とはいえ、なんと答えたらいいのかわからない。
気を紛らわすために、コホンと咳ばらいをして、ソファから立ち上がる。
「今日は俺も取り調べに加わります。魔法でお役に立つことはできませんが……人がたくさんいた方が、早く終わるでしょう」
「ありがとう、助かるよ。――リベラトーレ、シルヴェリオを案内しなさい」
シルヴェリオはリベラトーレと一緒に、ヴェーラの執務室から出る。
その背は、微笑みを浮かべたヴェーラに見守られていた。