追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。
163.もう一つのバラの香水
騎士団本部に帰るネストレを見送ったフレイヤたちは、居間に戻る。
舞踏会までのダンスの練習や当日のことで翻弄されてばかりで疲労困憊のフレイヤだが、これからヴェーラの好みの香りを聴くため、気合を入れて身を引き締めた。
「姉上、香水を贈らせてほしいので、フレイさんに好みの香りを伝えていただけますか?」
「おお! ついにルアルディ殿に調香してもらえるのだな。とても嬉しいよ」
シルヴェリオとヴェーラのやり取りを見守っていると、シルヴェリオが視線を投げかけてきた。
目が合った途端に胸がドキリとして飛び跳ねそうになったが、足に力を入れて踏みとどまる。
動揺していることに、気づかれていませんようにと心の中で祈った。
「フレイさん、よろしく頼む」
「かしこまりました」
あらかじめ持ってきていた、カリオの形見であるトランクをテーブルの上に置いて開き、精油や試香紙など調香に必要な道具を取り出す。
香りは実際に嗅いでみなければ、好みかどうかわかりづらいから、色々と試しながら調香する香りを決めていきたい。
「コルティノーヴィス伯爵は、好きな香りの系統がありますか?」
「うむ……特にないのだが、甘すぎない香りがいいな。それと、私もシルヴェリオのように、コルティノーヴィス領産のバラの香りを纏いたい」
「かしこまりました。甘すぎない香りでしたら、ペパーミントなどのグリーン系の精油を加えた香りや、サンダルウッドなどのウッディ系の精油を加えた香りを提案しますね。グレープフルーツなどのシトラス系の精油も甘すぎない香りですが、シルヴェリオ様に調香した『とある魔導士の至宝』が黄金の実という柑橘系の精油を使っているので、香りが似てしまうかもしれません」
「なるほど、それではグリーンノートとウッディノートの香りを頼む。せっかくだから、シルヴェリオとは異なる系統にしたいんだ。そうすれば、コルティノーヴィス領産のバラの様々な香りの側面を、周囲にいる者たちに知ってもらえるからな」
「かしこまりました。さっそく、調香しますね」
フレイヤはコルティノーヴィス領産のバラの精油とペパーミントの精油にセージの精油の瓶を目の前に並べると、一つずつ蓋を開けて瓶の口からそれぞれに試香紙をすっと差し込んで引き抜く。
そうして三枚の試香紙を扇のように開いた状態で束ね、クリップで留めてからヴェーラに差し出した。
「まずはグリーンノートの香りを調香しました。この束を手に持ち、一枚一枚に鼻を近づけて、順に香りを嗅いでください」
「わかった」
物珍しそうに見ていたヴェーラは試香紙の束を受け取ると、教えた通りに香りを嗅ぐ。
どのように感じるだろうかと、ドキドキと見守っていると、ヴェーラの赤色の目が優しく眇められる。
好意的な反応なので、胸をなでおろした。
「ふむ、庭園にいるような安らぎを感じる。清涼感があって、いい香りだな」
「ありがとうございます。もう一つの香りを調香しますね」
コルティノーヴィス領産のバラとシダーウッドの精油とブラックペッパーの精油にそれぞれ試香紙を浸し、束ねたものの香りを嗅ぐと、ヴェーラに手渡す。
「こちらがウッディノートの香りです」
試香紙の束を受け取ったヴェーラは香りを嗅ぐと、ジワリと目を見開く。
もう一度試香紙を順に嗅ぐと、口元を綻ばせた。
「香辛料のようなスパイシーな香りがバラの香りとよく合うな。華やかさだけではなくしなやかさも感じて、とても好きな香りだ。ぜひ、この香りで香水を作ってくれ」
「かしこまりました! 気に入ってくださって、とても嬉しいです!」
自分が調香した香りを「好き」と言ってもらえることは、調香師としてこのうえない喜びだ。
フレイヤは胸にくすぐったさを感じた。
「香水が完成したら、すぐにお持ちしますね」
「ありがとう、楽しみだよ。せっかくだから、香りができたら私が工房へ受け取りに行きたいのだが、いいだろうか?」
「もちろんです。ぜひ工房にいらしてください」
貴族の買い物は基本的に商人を屋敷に呼んで商品を持ってこさせるため、わざわざ自分で商品を受け取りに来ることは珍しい。
それほど楽しみにしてくれているのかもしれないと思うと、とても嬉しくなる。
それに、工房にはあらゆる精油が揃っているから、万が一ヴェーラが完成した香水の香りを嗅いだ際に調整を希望するようであればすぐに対応できるからありがたい。
(舞踏会の打合せと香水の打合せ、どちらも無事に終わってよかった)
思いがけず第二王子と踊ることになったことはさておき、どちらも円滑に進んだ。
まだコルティノーヴィス香水工房には戻っていないが、安心して肩の力が抜けてゆく。
今日のおやつはなんだろうかと考えながら精油をトランクの中に片付けていると、シルヴェリオに呼びかけられる。
「フレイさん、せっかくだから、ダンスの練習をするのはどうだろうか?」
「い、いいのですか……? あの、お仕事があるのでは?」
練習を増やしたいという要望に、さっそく応えてくれるようだ。
その気持ちはありがたいが、あいにくこちらの心の準備がまだできていない。
できれば、一日だけでもいいから心を落ち着かせるための時間がほしいところだ。
「団長から休むように言われているから、今日は非番だ」
「そう、なの、ですね……」
さりげなく回避してみようとしたが、上手くいかなかった。
いつも魔導士の仕事で多忙ななか工房長の仕事をしてくれているから、てっきり今日も黒の魔塔へ行くものだと思っていた。
運命の悪戯に嘆く半面、シルヴェリオが休みをとっていることに安堵する。
とはいえ、工房長の仕事をしているのだから、完全に休んでいるとはいいがたいのだが。
「では、よろしくお願いします……!」
フレイヤは腹を括って頷いた。
このままシルヴェリオとダンスを踊ると、意識していることが顔に出そうで心配だが、そう言っている場合ではない。
第二王子の足を踏んでしまわないよう、とにかく踊るしかないのだ。
舞踏会までのダンスの練習や当日のことで翻弄されてばかりで疲労困憊のフレイヤだが、これからヴェーラの好みの香りを聴くため、気合を入れて身を引き締めた。
「姉上、香水を贈らせてほしいので、フレイさんに好みの香りを伝えていただけますか?」
「おお! ついにルアルディ殿に調香してもらえるのだな。とても嬉しいよ」
シルヴェリオとヴェーラのやり取りを見守っていると、シルヴェリオが視線を投げかけてきた。
目が合った途端に胸がドキリとして飛び跳ねそうになったが、足に力を入れて踏みとどまる。
動揺していることに、気づかれていませんようにと心の中で祈った。
「フレイさん、よろしく頼む」
「かしこまりました」
あらかじめ持ってきていた、カリオの形見であるトランクをテーブルの上に置いて開き、精油や試香紙など調香に必要な道具を取り出す。
香りは実際に嗅いでみなければ、好みかどうかわかりづらいから、色々と試しながら調香する香りを決めていきたい。
「コルティノーヴィス伯爵は、好きな香りの系統がありますか?」
「うむ……特にないのだが、甘すぎない香りがいいな。それと、私もシルヴェリオのように、コルティノーヴィス領産のバラの香りを纏いたい」
「かしこまりました。甘すぎない香りでしたら、ペパーミントなどのグリーン系の精油を加えた香りや、サンダルウッドなどのウッディ系の精油を加えた香りを提案しますね。グレープフルーツなどのシトラス系の精油も甘すぎない香りですが、シルヴェリオ様に調香した『とある魔導士の至宝』が黄金の実という柑橘系の精油を使っているので、香りが似てしまうかもしれません」
「なるほど、それではグリーンノートとウッディノートの香りを頼む。せっかくだから、シルヴェリオとは異なる系統にしたいんだ。そうすれば、コルティノーヴィス領産のバラの様々な香りの側面を、周囲にいる者たちに知ってもらえるからな」
「かしこまりました。さっそく、調香しますね」
フレイヤはコルティノーヴィス領産のバラの精油とペパーミントの精油にセージの精油の瓶を目の前に並べると、一つずつ蓋を開けて瓶の口からそれぞれに試香紙をすっと差し込んで引き抜く。
そうして三枚の試香紙を扇のように開いた状態で束ね、クリップで留めてからヴェーラに差し出した。
「まずはグリーンノートの香りを調香しました。この束を手に持ち、一枚一枚に鼻を近づけて、順に香りを嗅いでください」
「わかった」
物珍しそうに見ていたヴェーラは試香紙の束を受け取ると、教えた通りに香りを嗅ぐ。
どのように感じるだろうかと、ドキドキと見守っていると、ヴェーラの赤色の目が優しく眇められる。
好意的な反応なので、胸をなでおろした。
「ふむ、庭園にいるような安らぎを感じる。清涼感があって、いい香りだな」
「ありがとうございます。もう一つの香りを調香しますね」
コルティノーヴィス領産のバラとシダーウッドの精油とブラックペッパーの精油にそれぞれ試香紙を浸し、束ねたものの香りを嗅ぐと、ヴェーラに手渡す。
「こちらがウッディノートの香りです」
試香紙の束を受け取ったヴェーラは香りを嗅ぐと、ジワリと目を見開く。
もう一度試香紙を順に嗅ぐと、口元を綻ばせた。
「香辛料のようなスパイシーな香りがバラの香りとよく合うな。華やかさだけではなくしなやかさも感じて、とても好きな香りだ。ぜひ、この香りで香水を作ってくれ」
「かしこまりました! 気に入ってくださって、とても嬉しいです!」
自分が調香した香りを「好き」と言ってもらえることは、調香師としてこのうえない喜びだ。
フレイヤは胸にくすぐったさを感じた。
「香水が完成したら、すぐにお持ちしますね」
「ありがとう、楽しみだよ。せっかくだから、香りができたら私が工房へ受け取りに行きたいのだが、いいだろうか?」
「もちろんです。ぜひ工房にいらしてください」
貴族の買い物は基本的に商人を屋敷に呼んで商品を持ってこさせるため、わざわざ自分で商品を受け取りに来ることは珍しい。
それほど楽しみにしてくれているのかもしれないと思うと、とても嬉しくなる。
それに、工房にはあらゆる精油が揃っているから、万が一ヴェーラが完成した香水の香りを嗅いだ際に調整を希望するようであればすぐに対応できるからありがたい。
(舞踏会の打合せと香水の打合せ、どちらも無事に終わってよかった)
思いがけず第二王子と踊ることになったことはさておき、どちらも円滑に進んだ。
まだコルティノーヴィス香水工房には戻っていないが、安心して肩の力が抜けてゆく。
今日のおやつはなんだろうかと考えながら精油をトランクの中に片付けていると、シルヴェリオに呼びかけられる。
「フレイさん、せっかくだから、ダンスの練習をするのはどうだろうか?」
「い、いいのですか……? あの、お仕事があるのでは?」
練習を増やしたいという要望に、さっそく応えてくれるようだ。
その気持ちはありがたいが、あいにくこちらの心の準備がまだできていない。
できれば、一日だけでもいいから心を落ち着かせるための時間がほしいところだ。
「団長から休むように言われているから、今日は非番だ」
「そう、なの、ですね……」
さりげなく回避してみようとしたが、上手くいかなかった。
いつも魔導士の仕事で多忙ななか工房長の仕事をしてくれているから、てっきり今日も黒の魔塔へ行くものだと思っていた。
運命の悪戯に嘆く半面、シルヴェリオが休みをとっていることに安堵する。
とはいえ、工房長の仕事をしているのだから、完全に休んでいるとはいいがたいのだが。
「では、よろしくお願いします……!」
フレイヤは腹を括って頷いた。
このままシルヴェリオとダンスを踊ると、意識していることが顔に出そうで心配だが、そう言っている場合ではない。
第二王子の足を踏んでしまわないよう、とにかく踊るしかないのだ。