追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。

164.気になってしまう

 ダンスを練習するため、フレイヤとシルヴェリオは舞踏会の会場となる広間に向かった。
 ヴェーラとリベラトーレも一緒だ。

「まずは習熟度の確認のため、一通り踊ってみよう。――リベラトーレ、音楽を流してくれ」
「かしこまりました、ヴェーラ様」
 
 リベラトーレが壁際に置かれているオルゴール箱のような魔法具を操作すると、音楽が流れ始める。
 
 まずはカドリールだ。
 他のペアと一緒に踊るものではあるが、二人だけでも練習はできる。
 しかし、より当日に近い環境にするために、ヴェーラが男女の使用人を一人ずつ呼んでくれた。

「フレイさん、俺と踊ってくれますか?」

 貴公子らしい所作で手を差し出してきたシルヴェリオの姿に見惚れてしまい、すぐには反応できない。
 少しして、フレイヤは慌ててシルヴェリオの手のひらの上に自分の手を置く。
 
「ぜ、ぜひ、よろしくお願いします」

 返事をするや否や、シルヴェリオが優しい力で手を握り、引き寄せてくる。
 近づくと、『とある魔導士の至宝(テゾーロ・デル・マーゴ)』のバラと柑橘系の香りが鼻腔をくすぐってきた。
 
 シルヴェリオのために調香した香りだからこそ、香りを強く感じると、よけいに彼を意識してしまう。
 また頬が赤くなってしまいそうだと案じていると、ターンをしたタイミングで相手が使用人の男性へと変わったため、心が落ち着いた。
 
「カドリールの動きをしっかりと覚えているな。では、ワルツの練習をしよう」

 ヴェーラはそう言うと、リベラトーレに曲を変えるよう指示する。
 
 ワルツなら二人だけでも練習できる踊りだ。
 練習に付き合ってくれていた使用人たちが、丁寧に礼をとると、広間から出ていってしまった。

(ああ、どうしよう! 緊張する!) 
 
 心臓が早足になり始めた。
 ワルツはカドリールよりも相手との距離が近い状態で踊るため、シルヴェリオの顔を至近距離で見つめることになるのだ。
 
 シルヴェリオと向き合うと、彼の右手はフレイヤの背に触れ、左手は手を繋いでくる。
 彼の手が触れた感覚に意識が集中してしまい、心の中が騒がしくなる。
 平静を保つために心の中で香りのアーコード――新しい香りを生みだすための香りの組み合わせについて考えていると、シルヴェリオに名前を呼ばれた。

「視線が落ちているから、こちらを向いてくれ」
「は、はい……」 
 
 顔を上げると、深い青色の瞳に視線が吸い込まれる。
 ただそれだけで、心を羽のような柔らかなものでくすぐられているような感覚がして、頭が痺れてしまう。
 視線も心も、すべてシルヴェリオに向いてしまい、どうしようもない。
 
 その時、右足がシルヴェリオの足をギュッと踏んでしまい、体が跳ねた。

「す、すみません!」
「なんてことないから、気にしなくていい」

 そう言われても、やはり申し訳ない。
 ただ、予期せぬ失敗のおかげでダンスに集中することができた。

 いつもより長く感じたワルツの曲が終わると、ヴェーラが拍手してくれる。
 
「もう少し見ていたいが、そろそろ仕事に戻らねばならないな。なにかあれば、控えている使用人に伝えてくれ」 

 そう言い残し、リベラトーレと共に広間を去ってしまった。
 使用人は残ってくれているが、先ほどよりも人が減ってシルヴェリオと二人きりに近い。

(足元に集中しなきゃ……。そうでないと、またシルヴェリオ様の足を踏んでしまう) 
 
 なんせ、次に踊るであろうポルカはステップが速いため、足を踏んずけてしまったら相手が受けるダメージが大きいはず。
 集中するために頬の内側にある柔らかい部分を噛んで、練習に挑んだ。
 
 そうしてポルカの練習をした後、シルヴェリオが魔法で椅子を出してくれたので、腰かけて休憩する。

「フレイさん、どこか不安な点はあるだろうか? そこを念入りに練習しよう」
「そう……ですね。ワルツやポルカのステップで相手の足を踏んでしまわないか心配です」
「わかった。それらを中心に練習しよう。だが、もしも当日になって相手の足を踏んでしまっても問題ないから安心してくれ」
「で、でも、第二王子殿下の足を踏んでしまったら、不敬罪で捕まってしまいませんか? それがとても不安で……」
「足を踏んだから不敬罪か――ふっ」
 
 突然、シルヴェリオがクスクスと笑い始めた。
 笑ってはいけないとわかっているのか、必死で耐えようとして肩を揺らしているところが、逆に恨めしい。 
 
「死活問題なのに、笑うなんて酷いです!」
「すまない。まさか、そのような理由で罪に問わると心配していたなんて、あまりにも予想外で可笑しくて……」

 いったい、どれほど笑ったのだろうか。
 シルヴェリオの長く形が整った指先が彼の目元を拭う。
 
「ネストレ殿下は寛容で紳士な方だから、足を踏まれたくらいで不敬罪に問うことはない」
「何度も踏んでしまったら、さすがに気分を害されるのでは?」
「騎士であるあの方にとって、淑女に足を踏まれたぐらいでは痛くもかゆくもないから、気分を害することはないだろう。それに、フレイさんが不慣れなことも慮ってくださるはずだ」

 冷徹なシルヴェリオが言うのだから、その通りだろう。
 それに、今まで何度かネストレと接してきたが、たしかに彼なら笑って許してくれそうだ。
 とはいえ、まだ別の不安の種が残っている。
 
「もしもシルヴェリオ様や第二王子殿下とのダンスの後、他の方と踊る時に足を踏んでしまったら、どうしましょう」
「……それなら、俺とまた踊ろう。誰もフレイさんをダンスに誘えないようにしておく」

 見知らぬ貴族と踊ることが重荷だったため、避けられるのであればありがたい。
 しかし、そのためにシルヴェリオと何度も踊ることになると、今度は別の問題が発生する。
 
 貴族の礼儀作法を学ぶために読んだ本によると、同じ相手と何度も踊るのは、相手が婚約者や伴侶であるときに限ると書かれていた。
 もしもそのような関係ではないのにも関わらず同じ相手と繰り返し踊っていると、周囲から恋仲と疑われるそうだ。
 
「ですが、同じ人と何度も踊ると、その……こ、恋仲を疑われるのではないでしょうか?」

 惹かれている相手に対して自分から恋仲について話す状況にすっかり動揺してしまい、途中で噛んでしまった。
 恥ずかしくて、穴があったら入りたい。

「それはあるだろうな。俺は気にしないが、フレイさんに迷惑が及ぶのはよくない。――では、ネストレ殿下と踊り終わったら、一緒に壁際で休んでいよう。姉上はダンスを通して交流するように言ったが、そばに居る貴族と話すだけでも十分有益な交流になるはずだ」

 シルヴェリオの言葉を頭の中で反芻し、ポカンと口を開く。
 さらりと彼が言った言葉が、どうしても引っかかる。
 
(ええっ!? 恋人がいると疑われるかもしれないのに、どうして気にしないの!?) 

 理由を知りたいが、聞く勇気がなかったため、悶々とした思いを抱えてダンスの練習を続けた。
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