追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。
165.鏡越しの眼差し
時間はあっという間に流れ、舞踏会の当日を迎えた。
朝の清涼な空気が満ちたコルティノーヴィス伯爵家のタウン・ハウスの庭園では、コルティノーヴィス領産のバラの花がそよ風に揺れて芳香を漂わせている。
同じ頃、屋敷の中では、コルティノーヴィス伯爵家のメイドたちに囲まれたフレイヤが、プルプルと震えていた。
「あ、あの……湯あみは自分でできますので、お気になさらず……」
ヴェーラの厚意で、ドレスの着付けや化粧などはコルティノーヴィス伯爵家のメイドたちがしてくれるのでタウン・ハウスに向かったところ、着付けの前に湯あみの手伝いとマッサージをするとメイドたちから宣言される。
今までに身支度をしてもらった時はなかったことだったため、不意打ちを喰らったのだ。
「徹底的に磨き上げるようにと旦那様から命じられていますの。私どもに任せてくださいませ」
「~~っ!」
貴族は使用人に入浴の世話をしてもらうことは知識として知っていたが、自分がそうしてもらうことには抵抗がある。
断ったのだがメイドたちは譲ってくれず、四方八方からフレイヤににじり寄ってきたのだ。
そうして、あれよあれよという間にバスルームまで追い詰められた。
(終わった……)
メイドたちの圧倒的な手際の良さに流されてしまい、気づけばコルティノーヴィス領産のバラの花びらと一緒にバスタブの中で浮かんでいる。
まるで子どもの頃に戻ったようで恥ずかしい半面、温かな湯と良い香りに包まれながら丁寧に手入れしてもらうと心地よかった。
全身をマッサージしてもらい、今までにないほど体が軽くなったところで客間へと移動し、用意してもらった深い青色を基調としたドレスに袖を通す。
ドレスは肩を見せるデザインで、裾は広がりを抑えているため落ち着いた雰囲気がある。
袖は白色の生地で切り替えられており、根本はパフスリーブのようにふんわり膨らみ、袖口に向かうにつれて広がりのある形だ。
胸元や裾には金糸で刺繍が施されていて、フレイヤの動きに合わせてキラリと輝く。
着心地は抜群に良いのだが、胸元が開いた服を着ることなんてドレスの試着のとき以外に全くなかったため、なんだか落ち着かない。
ソワソワとしていると、姿見に映る自分の背が曲がっていることに気づき、背筋を伸ばす。
肩を見せるこのドレスを着ていると、背が曲がっているとすぐにわかるから、気をつけなければならない。
「ルアルディさんは透明感のある白い肌ですので、深い青色がとてもよく似合いますね」
「本当に素敵ですわ。早くシルヴェリオ様にお見せしないと!」
「このままでも十分器しいのですが、ルアルディさんがより美しく輝くよう気合を入れて化粧をしますね!」
優しい伯爵家のメイドたちが口々に褒めてくれるので、どのように反応すればいいのかわからず、戸惑ってしまう。
普段から服装にこだわるほうでもなく、また服装や容姿のことで褒められ慣れていないのだ。
「あ、ありがとうございます。よろしくお願いいたします……」
言葉に悩んだ結果、感謝と挨拶だけ伝えることにした。
メイドたちの視線や表情が、先ほどよりもさらに温かなものになったように感じたが、気のせいだろうか。
髪を結わえてもらいつつ化粧をしてもらい、鏡の中に映る自分が、少しずつ変わってゆく。
波打つ髪は一房だけを残して頭の後ろで結い上げてもらい、デコルテがさらに強調されるようになった。
毎朝自分で手入れする時は言うことを聞かない髪に苦戦しているのだが、メイドは慣れた手つきであっという間に結わえてくれたため、プロの技術に感激した。
化粧は眉とアイメイクを施してもらうと、いつもより悠然とした表情になったような気がして、魔法みたいだ。
どのようにすれば今の顔になるのか、後で教えてもらいたい。
「――できましたよ! 仕上げのために、シルヴェリオ様をお呼びしますね!」
シルヴェリオが仕上げをしてくれるなんて、初耳だ。
理由を尋ねてみたが、メイドたちは微笑んで曖昧な答えを返してくるばかり。
しばらくして、部屋から出たメイドがシルヴェリオを連れて戻ってきた。
部屋の中に入ってきたシルヴェリオはすでに正装姿だ。美しく描かれた絵画の中の人物が抜け出してきたかのようで、思わず目を見張った。
シルヴェリオもまた、深い青色を基調とした服装だ。
丈の長いジャケットとベストにスラックス、そしてクラバットが深い青色で、ジャケットとクラバットの隙間からわずかに見えるシャツは白色。
ジャケットには金糸で、フレイヤのドレスと同じ刺繍が施されている。
クラバットにはフレイヤの瞳の色に似た若草色の宝石があしらわれた飾りが、そしてジャケットの胸ポケットにはベルベットのような花弁の赤いバラがあり、いつもより豪奢な装いだ。
気付けば、シルヴェリオもまた、こちらを見て目を大きく見開いていた。
ややあって、ハッとした顔になり、コホンと空咳をする。
「とても綺麗だ。ドレスも髪型も、フレイさんによく似合っている」
「シルヴェリオ様のほうこそ、とても綺麗で、素敵です……!」
会場へ行けば、誰もが彼の姿に目が釘付けになるだろう。
もとから綺麗な人だと思っていたが、正装すると美しさに磨きがかかり、見惚れてしまう。
「ありがとう。フレイさんにそう言ってもらえると嬉しい」
シルヴェリオはふっと微笑むと、こちらに歩み寄ってくる。
彼は手に、ジャケットの胸ポケットに刺しているものと同じ赤いバラを持っていた。
「姉上から聞いたのだが、最近は髪に生花を飾ることが女性の間で流行しているそうだから、このバラを摘んできた。俺がフレイさんの髪につけてもいいだろうか?」
「よ、よろしくお願いします」
仕上げとは、髪飾りをつけてくれることだったようだ。
顔を前に向け、髪を結わえている箇所をシルヴェリオがよく見えるようにした。
目の前にある鏡を見ると、シルヴェリオが真剣な面持ちで結い目を見つめている姿が見えたため、途端に緊張してきた。
流れでお任せしてしまったが、「自分でする」と言えばよかったと後悔する。
「髪が引っ張られて痛いときは、すぐに言ってくれ」
「はい……」
シルヴェリオの手が微かに頭に触れたため、全身がその場所に集中した。
結い目の合間にバラを刺しているようだが、丁寧な手つきでつけてくれているおかげで痛みはない。
真剣な面持ちのシルヴェリオを鏡越しにじっと見つめていると――彼の深い青色の瞳と目が合う。
その瞳が柔らかく眇めてこちらを見てくるものだから、胸の中が切なく疼く。
彼への想いが、これ以上強くなってはいけないのに――。
「つけおわったから、もう動いても大丈夫だ。居間に菓子を用意したから、休憩しよう。昼食の前だから、軽めのものを用意した。オランジェットという、干した柑橘にチョコレートをかけたものだ。最近、王都で人気と聞いたのだが、食べたことはあるか?」
オランジェットはすでに食べたことがあり、お気に入りのお菓子の一つだから、用意してもらえて嬉しい。
それなのに、シルヴェリオと視線が交わったときの胸のときめきがおさまらないせいで、黙ってこくこくと頷くことしかできなかった。
朝の清涼な空気が満ちたコルティノーヴィス伯爵家のタウン・ハウスの庭園では、コルティノーヴィス領産のバラの花がそよ風に揺れて芳香を漂わせている。
同じ頃、屋敷の中では、コルティノーヴィス伯爵家のメイドたちに囲まれたフレイヤが、プルプルと震えていた。
「あ、あの……湯あみは自分でできますので、お気になさらず……」
ヴェーラの厚意で、ドレスの着付けや化粧などはコルティノーヴィス伯爵家のメイドたちがしてくれるのでタウン・ハウスに向かったところ、着付けの前に湯あみの手伝いとマッサージをするとメイドたちから宣言される。
今までに身支度をしてもらった時はなかったことだったため、不意打ちを喰らったのだ。
「徹底的に磨き上げるようにと旦那様から命じられていますの。私どもに任せてくださいませ」
「~~っ!」
貴族は使用人に入浴の世話をしてもらうことは知識として知っていたが、自分がそうしてもらうことには抵抗がある。
断ったのだがメイドたちは譲ってくれず、四方八方からフレイヤににじり寄ってきたのだ。
そうして、あれよあれよという間にバスルームまで追い詰められた。
(終わった……)
メイドたちの圧倒的な手際の良さに流されてしまい、気づけばコルティノーヴィス領産のバラの花びらと一緒にバスタブの中で浮かんでいる。
まるで子どもの頃に戻ったようで恥ずかしい半面、温かな湯と良い香りに包まれながら丁寧に手入れしてもらうと心地よかった。
全身をマッサージしてもらい、今までにないほど体が軽くなったところで客間へと移動し、用意してもらった深い青色を基調としたドレスに袖を通す。
ドレスは肩を見せるデザインで、裾は広がりを抑えているため落ち着いた雰囲気がある。
袖は白色の生地で切り替えられており、根本はパフスリーブのようにふんわり膨らみ、袖口に向かうにつれて広がりのある形だ。
胸元や裾には金糸で刺繍が施されていて、フレイヤの動きに合わせてキラリと輝く。
着心地は抜群に良いのだが、胸元が開いた服を着ることなんてドレスの試着のとき以外に全くなかったため、なんだか落ち着かない。
ソワソワとしていると、姿見に映る自分の背が曲がっていることに気づき、背筋を伸ばす。
肩を見せるこのドレスを着ていると、背が曲がっているとすぐにわかるから、気をつけなければならない。
「ルアルディさんは透明感のある白い肌ですので、深い青色がとてもよく似合いますね」
「本当に素敵ですわ。早くシルヴェリオ様にお見せしないと!」
「このままでも十分器しいのですが、ルアルディさんがより美しく輝くよう気合を入れて化粧をしますね!」
優しい伯爵家のメイドたちが口々に褒めてくれるので、どのように反応すればいいのかわからず、戸惑ってしまう。
普段から服装にこだわるほうでもなく、また服装や容姿のことで褒められ慣れていないのだ。
「あ、ありがとうございます。よろしくお願いいたします……」
言葉に悩んだ結果、感謝と挨拶だけ伝えることにした。
メイドたちの視線や表情が、先ほどよりもさらに温かなものになったように感じたが、気のせいだろうか。
髪を結わえてもらいつつ化粧をしてもらい、鏡の中に映る自分が、少しずつ変わってゆく。
波打つ髪は一房だけを残して頭の後ろで結い上げてもらい、デコルテがさらに強調されるようになった。
毎朝自分で手入れする時は言うことを聞かない髪に苦戦しているのだが、メイドは慣れた手つきであっという間に結わえてくれたため、プロの技術に感激した。
化粧は眉とアイメイクを施してもらうと、いつもより悠然とした表情になったような気がして、魔法みたいだ。
どのようにすれば今の顔になるのか、後で教えてもらいたい。
「――できましたよ! 仕上げのために、シルヴェリオ様をお呼びしますね!」
シルヴェリオが仕上げをしてくれるなんて、初耳だ。
理由を尋ねてみたが、メイドたちは微笑んで曖昧な答えを返してくるばかり。
しばらくして、部屋から出たメイドがシルヴェリオを連れて戻ってきた。
部屋の中に入ってきたシルヴェリオはすでに正装姿だ。美しく描かれた絵画の中の人物が抜け出してきたかのようで、思わず目を見張った。
シルヴェリオもまた、深い青色を基調とした服装だ。
丈の長いジャケットとベストにスラックス、そしてクラバットが深い青色で、ジャケットとクラバットの隙間からわずかに見えるシャツは白色。
ジャケットには金糸で、フレイヤのドレスと同じ刺繍が施されている。
クラバットにはフレイヤの瞳の色に似た若草色の宝石があしらわれた飾りが、そしてジャケットの胸ポケットにはベルベットのような花弁の赤いバラがあり、いつもより豪奢な装いだ。
気付けば、シルヴェリオもまた、こちらを見て目を大きく見開いていた。
ややあって、ハッとした顔になり、コホンと空咳をする。
「とても綺麗だ。ドレスも髪型も、フレイさんによく似合っている」
「シルヴェリオ様のほうこそ、とても綺麗で、素敵です……!」
会場へ行けば、誰もが彼の姿に目が釘付けになるだろう。
もとから綺麗な人だと思っていたが、正装すると美しさに磨きがかかり、見惚れてしまう。
「ありがとう。フレイさんにそう言ってもらえると嬉しい」
シルヴェリオはふっと微笑むと、こちらに歩み寄ってくる。
彼は手に、ジャケットの胸ポケットに刺しているものと同じ赤いバラを持っていた。
「姉上から聞いたのだが、最近は髪に生花を飾ることが女性の間で流行しているそうだから、このバラを摘んできた。俺がフレイさんの髪につけてもいいだろうか?」
「よ、よろしくお願いします」
仕上げとは、髪飾りをつけてくれることだったようだ。
顔を前に向け、髪を結わえている箇所をシルヴェリオがよく見えるようにした。
目の前にある鏡を見ると、シルヴェリオが真剣な面持ちで結い目を見つめている姿が見えたため、途端に緊張してきた。
流れでお任せしてしまったが、「自分でする」と言えばよかったと後悔する。
「髪が引っ張られて痛いときは、すぐに言ってくれ」
「はい……」
シルヴェリオの手が微かに頭に触れたため、全身がその場所に集中した。
結い目の合間にバラを刺しているようだが、丁寧な手つきでつけてくれているおかげで痛みはない。
真剣な面持ちのシルヴェリオを鏡越しにじっと見つめていると――彼の深い青色の瞳と目が合う。
その瞳が柔らかく眇めてこちらを見てくるものだから、胸の中が切なく疼く。
彼への想いが、これ以上強くなってはいけないのに――。
「つけおわったから、もう動いても大丈夫だ。居間に菓子を用意したから、休憩しよう。昼食の前だから、軽めのものを用意した。オランジェットという、干した柑橘にチョコレートをかけたものだ。最近、王都で人気と聞いたのだが、食べたことはあるか?」
オランジェットはすでに食べたことがあり、お気に入りのお菓子の一つだから、用意してもらえて嬉しい。
それなのに、シルヴェリオと視線が交わったときの胸のときめきがおさまらないせいで、黙ってこくこくと頷くことしかできなかった。