追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。
166.舞踏会
夕日が沈み、星々が空で瞬く頃、コルティノーヴィス伯爵家のタウン・ハウスには煌びやかに着飾った貴族たちがやってきた。
ダンスの練習で訪れていた広間は会場となり、水晶を削って作られたバラの花や深みのあるボルドーの布を使った装飾で美しく飾られている。まるで宝石箱の中にいるようだ。
また、ダンスを踊る際の音楽を演奏する楽団が待機しており、彼らが持っている楽器がシャンデリアの光を受けて輝いている。
そのような素敵な会場で、フレイヤはシルヴェリオとともにヴェーラの隣に立ち、訪れた招待客一人一人に礼をとっているところだ。
「――コルティノーヴィス香水工房の副工房長で調香師のフレイヤ・ルアルディ殿だ。今夜はルアルディ殿が調香した新作の香りを紹介してもらうために、私が招待した。貴殿との善き縁が結ばれると嬉しい」
バラを彷彿とさせる赤色のドレスを着たヴェーラが、招待客である若い女性とそのパートナーである男性にフレイヤを紹介してくれた。
「初めまして。フレイヤ・ルアルディと申します」
頭の先からつま先まで美しく見えるように気を遣いながら礼をとり、ヴェーラに監修してもらった〝貴族らしい微笑み〟を浮かべる。
その間、ドレスが隠してくれているが、足が絶え間なく小刻みに震えている状態だ。
今日のために礼儀作法の教本は何度も目を通したし、体が覚えるほどダンスを練習してきたが、上手くできる自信がないから緊張している。
これまでに出会った貴族や王族の前で失敗したことはないから大丈夫だと自分に言い聞かせてみるのだが、効果がない。
「ああ、城で開催された競技会で優勝した調香師だね」
「それだけではないわ。王族に二度も香水を献上した人よ。お茶会でたまに名前が上がるほど有名人なんだから」
招待客たちの会話を微笑んで聞いているが、内心は動揺していた。
貴族のお茶会で自分の名前が挙がっているなんて、聞いていない。いや、お茶会での会話内容なんて、聞きようがないのだけれども。
「今日のヴェーラ様はいつもと違う香水をつけていらっしゃるのね。とてもいい香りだわ。もしかして、ルアルディさんの新作かしら?」
「ああ、この香水はルアルディ殿に調香してもらった『バラの守護者』だ。香りがする度に気持ちを引き締められるから、私にとって必需品なんだ」
香水の名前をつけるとき、いつも悠然としているヴェーラの姿が思い浮かんだ。
伯爵家の当主として、またコルティノーヴィス伯爵領の領主として、周囲の人々や領民を想って執務に向き合う彼女を心から尊敬している。
故郷であるコルティノーヴィス伯爵領に住む姉や義兄に知り合いたちは、ヴェーラが領主になってから随分と生活が改善したと言っていた。
彼女は決して権力を振りかざしたりはせず、権力者として目下の者たちの日常を守護してくれているのだ。
だから、コルティノーヴィス伯爵家の象徴であるバラを名前に取り入れ、彼女への敬意をこめた名前をつけた。
「とても素敵な香りだわ! いつ販売するの?」
「生憎、この香りは特注で調香してもらったものだから販売はしていない。しかし、ルアルディ殿に特注の依頼をすれば好みの香りを調香してくれるから、ぜひ検討してみてくれ」
ヴェーラが顔を近づけてきて、「宣伝は任せてくれ」と囁いてくれる。そんな彼女が頼もしい。
競技会で優勝してからコルティノーヴィス香水工房は注目されるようになったが、話題性だけでは実際に工房に足を運んでもらえない。
だが、身近にいる使用者にとって使い心地の良い香水だと聞くと関心が高まり、来店してくれるひと押しになるのだ。
「シルヴェリオ様がこのような場にいるなんて、初めて見た気がするわ」
「魔導士の制服を着た姿もいいけれど、正装姿も麗しくて素敵ね」
「ルアルディさんは気品があって美しい方ね。王城で開かれた競技会の会場で見かけたときもそう思いましたのよ。ドレスを着ていると、貴族のようですわね」
近くにいる貴族の女性達が話す声が聞こえてくる。その話の中に自分の話題があると、どうも心が落ち着かない。
カルディナーレ香水工房にいた頃は、ヒソヒソと聞こえてくる話は他の調香師の悪口ばかりだったこともあり、つい身構えてしまう。
それに、自分が注目されることが苦手であるし、慣れていないのだ。
ほとんどの招待客が会場に入り終えると、最後にネストレが一人で会場に現れる。途端に、招待客たちから騒めきや黄色い声が聞こえてきた。
今日のネストレは白を基調とした正装姿で、ポケットチーフやベストに淡い水色を用いて差し色にしている。
いつもは華やかな雰囲気のあるネストレだが、前髪を後ろに撫でつけた姿は精悍さがあり、ギャップに驚いてつい見つめてしまった。
ジロジロと見てはいけないと思い、そっと目を伏せる。すると、周囲の貴族たちの話し声が聞こえてきた。
「シルヴェリオ様もネストレ殿下も、滅多に舞踏会にいらっしゃらないのに二人ともこの会場にいるなんて、とても珍しい」
「明日には王都中で話題になっていそうだわ」
「もしかして、二人ともようやく結婚相手をお探しになるのかしら?」
未婚で婚約者がいないの貴族にとって、社交の場は結婚相手を探す場でもある。
知識として把握していたのに、貴族であるシルヴェリオと関連づけることは一度もなかった。彼とそのような話題で話したことがないから、自分の中で結びつかなかったのかもしれない。
(シルヴェリオ様もいつかは……結婚するんだよね……)
じくりと胸が痛む。そうなったとき、自分はちゃんと祝うことができるのだろうか。
今はまだ、そうできる自信がない。
「コルティノーヴィス伯爵、素敵な舞踏会に招待してくれてありがとう。今日が待ち遠しかったよ」
「お越しくださりありがとうございます。楽しい時間をお過ごしください」
ネストレとヴェーラのやり取りが終わり、ネストレが一人になると、会場内にいる貴族たちが少しずつ彼に近づいていく。
普段は滅多に社交の場に現れない第二王子と、ぜひお近づきになりたいのだろう。
「今宵は舞踏会に来てくれたこと、感謝する。始める前に、大切な知らせがあるから聞いていただきたい」
ヴェーラが広間の中心に立つと、辺りは水を打ったように静かになった。
誰もがヴェーラに注目する中、ヴェーラはそばに控えていたリベラトーレに片手を差し出す。
リベラトーレはこの上なく幸せそうに笑みを浮かべると、彼女の手をとり、指先にキスをした。
「私は、長年そばで支えてくれたリベラトーレと結婚することにした」
歓声と拍手が起こり、広間全体に響き渡る。ちらほらと、「ようやくか」や「長かったわね」などといった声が聞こえるため、二人の仲は社交界では有名だったのかもしれない。
「祝ってくれてありがとう。――それでは、舞踏会を楽しんでくれ」
ヴェーラの掛け声を合図に、楽団が演奏を始める。聞こえてきたのは、ワルツのための曲だ。
いよいよ、本番が始まる。
(上手くできるかなぁ……)
まだ気弱になってしまうが、ここまできたら、やりきるしかない。
胸の前で手を握りしめ、小さく深呼吸をした。
***あとがき***
日付をまたいでしまい申し訳ございません!
少し体調を崩してしまい、執筆と確認に時間がかかってしまいました。
(おそらく食べ物か暑さが原因な気がしますので、明日には治っていると思います…!)
ダンスの練習で訪れていた広間は会場となり、水晶を削って作られたバラの花や深みのあるボルドーの布を使った装飾で美しく飾られている。まるで宝石箱の中にいるようだ。
また、ダンスを踊る際の音楽を演奏する楽団が待機しており、彼らが持っている楽器がシャンデリアの光を受けて輝いている。
そのような素敵な会場で、フレイヤはシルヴェリオとともにヴェーラの隣に立ち、訪れた招待客一人一人に礼をとっているところだ。
「――コルティノーヴィス香水工房の副工房長で調香師のフレイヤ・ルアルディ殿だ。今夜はルアルディ殿が調香した新作の香りを紹介してもらうために、私が招待した。貴殿との善き縁が結ばれると嬉しい」
バラを彷彿とさせる赤色のドレスを着たヴェーラが、招待客である若い女性とそのパートナーである男性にフレイヤを紹介してくれた。
「初めまして。フレイヤ・ルアルディと申します」
頭の先からつま先まで美しく見えるように気を遣いながら礼をとり、ヴェーラに監修してもらった〝貴族らしい微笑み〟を浮かべる。
その間、ドレスが隠してくれているが、足が絶え間なく小刻みに震えている状態だ。
今日のために礼儀作法の教本は何度も目を通したし、体が覚えるほどダンスを練習してきたが、上手くできる自信がないから緊張している。
これまでに出会った貴族や王族の前で失敗したことはないから大丈夫だと自分に言い聞かせてみるのだが、効果がない。
「ああ、城で開催された競技会で優勝した調香師だね」
「それだけではないわ。王族に二度も香水を献上した人よ。お茶会でたまに名前が上がるほど有名人なんだから」
招待客たちの会話を微笑んで聞いているが、内心は動揺していた。
貴族のお茶会で自分の名前が挙がっているなんて、聞いていない。いや、お茶会での会話内容なんて、聞きようがないのだけれども。
「今日のヴェーラ様はいつもと違う香水をつけていらっしゃるのね。とてもいい香りだわ。もしかして、ルアルディさんの新作かしら?」
「ああ、この香水はルアルディ殿に調香してもらった『バラの守護者』だ。香りがする度に気持ちを引き締められるから、私にとって必需品なんだ」
香水の名前をつけるとき、いつも悠然としているヴェーラの姿が思い浮かんだ。
伯爵家の当主として、またコルティノーヴィス伯爵領の領主として、周囲の人々や領民を想って執務に向き合う彼女を心から尊敬している。
故郷であるコルティノーヴィス伯爵領に住む姉や義兄に知り合いたちは、ヴェーラが領主になってから随分と生活が改善したと言っていた。
彼女は決して権力を振りかざしたりはせず、権力者として目下の者たちの日常を守護してくれているのだ。
だから、コルティノーヴィス伯爵家の象徴であるバラを名前に取り入れ、彼女への敬意をこめた名前をつけた。
「とても素敵な香りだわ! いつ販売するの?」
「生憎、この香りは特注で調香してもらったものだから販売はしていない。しかし、ルアルディ殿に特注の依頼をすれば好みの香りを調香してくれるから、ぜひ検討してみてくれ」
ヴェーラが顔を近づけてきて、「宣伝は任せてくれ」と囁いてくれる。そんな彼女が頼もしい。
競技会で優勝してからコルティノーヴィス香水工房は注目されるようになったが、話題性だけでは実際に工房に足を運んでもらえない。
だが、身近にいる使用者にとって使い心地の良い香水だと聞くと関心が高まり、来店してくれるひと押しになるのだ。
「シルヴェリオ様がこのような場にいるなんて、初めて見た気がするわ」
「魔導士の制服を着た姿もいいけれど、正装姿も麗しくて素敵ね」
「ルアルディさんは気品があって美しい方ね。王城で開かれた競技会の会場で見かけたときもそう思いましたのよ。ドレスを着ていると、貴族のようですわね」
近くにいる貴族の女性達が話す声が聞こえてくる。その話の中に自分の話題があると、どうも心が落ち着かない。
カルディナーレ香水工房にいた頃は、ヒソヒソと聞こえてくる話は他の調香師の悪口ばかりだったこともあり、つい身構えてしまう。
それに、自分が注目されることが苦手であるし、慣れていないのだ。
ほとんどの招待客が会場に入り終えると、最後にネストレが一人で会場に現れる。途端に、招待客たちから騒めきや黄色い声が聞こえてきた。
今日のネストレは白を基調とした正装姿で、ポケットチーフやベストに淡い水色を用いて差し色にしている。
いつもは華やかな雰囲気のあるネストレだが、前髪を後ろに撫でつけた姿は精悍さがあり、ギャップに驚いてつい見つめてしまった。
ジロジロと見てはいけないと思い、そっと目を伏せる。すると、周囲の貴族たちの話し声が聞こえてきた。
「シルヴェリオ様もネストレ殿下も、滅多に舞踏会にいらっしゃらないのに二人ともこの会場にいるなんて、とても珍しい」
「明日には王都中で話題になっていそうだわ」
「もしかして、二人ともようやく結婚相手をお探しになるのかしら?」
未婚で婚約者がいないの貴族にとって、社交の場は結婚相手を探す場でもある。
知識として把握していたのに、貴族であるシルヴェリオと関連づけることは一度もなかった。彼とそのような話題で話したことがないから、自分の中で結びつかなかったのかもしれない。
(シルヴェリオ様もいつかは……結婚するんだよね……)
じくりと胸が痛む。そうなったとき、自分はちゃんと祝うことができるのだろうか。
今はまだ、そうできる自信がない。
「コルティノーヴィス伯爵、素敵な舞踏会に招待してくれてありがとう。今日が待ち遠しかったよ」
「お越しくださりありがとうございます。楽しい時間をお過ごしください」
ネストレとヴェーラのやり取りが終わり、ネストレが一人になると、会場内にいる貴族たちが少しずつ彼に近づいていく。
普段は滅多に社交の場に現れない第二王子と、ぜひお近づきになりたいのだろう。
「今宵は舞踏会に来てくれたこと、感謝する。始める前に、大切な知らせがあるから聞いていただきたい」
ヴェーラが広間の中心に立つと、辺りは水を打ったように静かになった。
誰もがヴェーラに注目する中、ヴェーラはそばに控えていたリベラトーレに片手を差し出す。
リベラトーレはこの上なく幸せそうに笑みを浮かべると、彼女の手をとり、指先にキスをした。
「私は、長年そばで支えてくれたリベラトーレと結婚することにした」
歓声と拍手が起こり、広間全体に響き渡る。ちらほらと、「ようやくか」や「長かったわね」などといった声が聞こえるため、二人の仲は社交界では有名だったのかもしれない。
「祝ってくれてありがとう。――それでは、舞踏会を楽しんでくれ」
ヴェーラの掛け声を合図に、楽団が演奏を始める。聞こえてきたのは、ワルツのための曲だ。
いよいよ、本番が始まる。
(上手くできるかなぁ……)
まだ気弱になってしまうが、ここまできたら、やりきるしかない。
胸の前で手を握りしめ、小さく深呼吸をした。
***あとがき***
日付をまたいでしまい申し訳ございません!
少し体調を崩してしまい、執筆と確認に時間がかかってしまいました。
(おそらく食べ物か暑さが原因な気がしますので、明日には治っていると思います…!)


