追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。

92.異国の呪術

※レオナルドを侯爵家の当主と書いておりましたが、次期侯爵家の当主に修正いたしました。


 
「早速だが、火の死霊竜(ファイアードレイク)の調査結果について話そう」

 ネストレの言葉に、集まった面々の表情が引き締まる。

「私に竜の呪いをかけた火の死霊竜(ファイアードレイク)について、不審な点が多かったから調査を行った。そもそも人里には下りて来ないはずのあの種族が街に下りて来た時点で、なにかしら呪術の影響があったのかもしれない」

 火の死霊竜(ファイアードレイク)は、普段は人が近寄る事のない山岳地帯に住んでいる。
 人とはそうそう出くわすことのない生き物のはずだ。それなのに、火の死霊竜(ファイアードレイク)は地方都市の街に下りてきて暴れていた。

 そんな火の死霊竜(ファイアードレイク)を討伐するためにシルヴェリオとネストレが赴いたのだ。
 
 話を聞いていたレオルドが、「ふむ」と小さく声を零す。
 
「コルティノーヴィス卿から討伐後の報告を聞きましたが、火の死霊竜(ファイアードレイク)は頭を地面に擦り付けたり、体を建物にぶつけたりと、不可解な動きをとっていたそうですね?」
「ああ、まるで藻掻いているようだった。街の者や我々を襲いに来たのは、手負い故に気が立っていたからなのかもしれない」

 ネストレは頷くと、執務机の上にあった資料の束を魔法で取り寄せる。

 はらりと葉が舞い落ちるように机の上に重ねられた資料の一番上の書類には、記号のようなものが描かれている。
  
「これは火の死霊竜(ファイアードレイク)の骨に描かれていた呪術のための魔法文字だ。ジュスタ男爵とコルティノーヴィス卿に調べてもらった」

 魔法文字とは魔法陣を構成する文字の呼び名だ。
 その一つ一つの言葉に魔力が宿っており、大掛かりな魔法を使う時には魔法陣にこの魔法文字を記すことによって術者は望む魔法を使うことができる。

 フレイヤは恐る恐るその魔法文字を一瞥する。

(これが呪術に使われていた魔法文字……。昔、学校で少しだけ習ったものと似ているから、呪術に使われる文字かどうか見てもわからないや)

 エイレーネ王国では魔法陣を使わずに呪文だけで完結する生活魔法については義務教育として誰もが学んでいるが、それ以上――魔法陣を用いるような高等魔法については専門的な教育機関で学ばなければならない。

 フレイヤの故郷、コルティノーヴィス伯爵領にはそのような専門教育機関はなかった。
 一方でシルヴェリオは、王都にある貴族の子息令嬢が通う学園の魔法科で専門的な教育を受けてきたのだ。

 フレイヤの隣で、シルヴェリオは静かに口を開いた。
 
「恐らくはなんらかの方法で生きている間に魔法で刻まれて呪術をかけられたのではないかと推測している。それなら人里に下りて来たり藻掻くように暴れていたのも納得がいく」
 
 シルヴェリオの説明によると、呪術は生き物の体の一部を使って行われることが多く、このように骨にを用いられることもしばしばあるらしい。
 そのため、魔導士たちは火の死霊竜(ファイアードレイク)の骨に描かれているこの文字を見てすぐに、これが呪術の痕跡だと気付いた。
 
『ふ~ん古代魔法文字を使っているね。人間の魔法の基礎が確立される前――知識の女神が人間の弟子を一人とって魔法を教えたとされた当時のものかな』

 魔法の歴史は、エイレーネ王国の建国前に遡る。

 人も妖精も魔法が使えていたが、人の魔法は偶然的に起こる奇跡に近いもので、今のように意図して使える者はいなかった。
 対して魔力から生まれた妖精たちは生まれながらにして魔法を自在に操っていた。

 知識の女神は、人間が懸命に魔法を学ぼうとする姿に感激し、一人の少女を弟子にとって魔法を教えた。
 
 少女の名はアストリッド。
 くるぶしまでまで伸ばした銀色の髪と、髪と同じ色の瞳を持ち、膨大な魔力を持っていたため扱いきれず、度々魔法を暴発させたため家族から冷遇されていた。
 
 魔法は奇跡とされていたが、扱いきれない魔法は呪いのように見なされ、忌み嫌われていたのだ。
 
 そんなアストリッドだが、知識の女神から魔法を教わり、人々が魔法を自在に操れるように尽力したことで人々から称えられ魔導士の始祖となった。
 知識の女神がアストリッドに魔法を教える時に使ったとされるこの魔法文字を、アストリッドは人間の言葉に置き換えて人間専用の魔法文字を作った。つまり、呪文にしたのだ。
 
 アストリッドは現在のエイレーネ王国から北西にある、一年のほとんどを雪に覆われているといわれる雪国――オルキメア王国がある地域にいたとされており、当時そこを治めていた古の国の王と結婚したと歴史書に記されている。
 後に興ったオルキメアがその国を吸収し、アストリッドの血を引く王妃を娶った。
 そのためオルキメア王国の王族は魔導士の始祖の末裔と言われている。
 
『今もこの古代魔法文字を扱える人間はいるの? 百年ほど前に知り合いの長命妖精(エルフ)から聞いた話によると、必然的に魔法を使えるようになった人間は、今度は偶然的に魔法を使うことができなくなったらしいけど……いや、アストリッドの血族だけは使えるのだったかな』
 
 オルフェンは身を乗り出すと、机の上にある資料を一束まるごとかっさらって読み始めた。

 いつになく真剣に読んでおり、資料と目の間には拳一つ分の距離もないくらい顔を近づけて読んでいる。
 フレイヤが資料を机の上に戻すように声をかけても全く反応しない。完全に、資料に没頭してしまったのだ。
 
「なるほど、長命妖精(エルフ)の間でも古代魔法文字を扱える人間はアストリッドの血族とされているのか」
 
 ネストレは深く溜息を吐いた。その顔には疲労が見て取れる。
 
「つまり、火の死霊竜(ファイアードレイク)に呪術をかけたのはアストリッドの血族――オルメキア王国の王族である可能性が高いということでしょうか?」
 
 レオナルドの問いに答えたのはジュスタ男爵だった。

「ええ、我々魔導士団はそう結論付けているわ。建国祭前にやってくれるわね。……いや、むしろ建国祭前だから良かったと言うべきかしら。オルメキア王国の王族と使節団の動きを注視して備えなければならないわ」

 当日参加するオルメキアの王族は国王と王妃、そして第二王女のみだとネストレが明かす。
 オルメキアの王族には次期国王に内定している第一王女と、その双子である第一王子もいるが、二人は国に残るようだ。
 
 したがって当日特に警戒しなければならないのはアストリッドの血族である国王と第二王女。
 第二王女はまだ十六歳で成人していないが、魔導士の始祖の末裔ならば大人と同じくらいの力量を持っているかもしれない。
 
 ジュスタ男爵は大儀そうに腕を組んで椅子に背を持たれさせると、シルヴェリオに視線を送る。
 
「私たち魔導士団の建国祭特別警備が決まってしまったわねぇ。いつもの建国祭は結界や防御魔法や護符で済ませていたけれど、今回はそれだけでは不十分だから我々が巡回して常に警戒するわ」
「……ええ、この後すぐに巡回経路を各隊に振り分けます」
 
 シルヴェリオが少し間を置いて答える。
 ジュスタ男爵はそんなシルヴェリオを見てクツクツと笑った。
 
「コルティノーヴィス卿は珍しく今年の建国祭には予定が入っていたらしいけど――この状況だから諦めてもらうわ」 
「――っ、その話をどこから聞いてきたのですか」
 
 シルヴェオは言葉に詰まる。彼らしくない反応だ。
 
 そんな彼を見て、フレイヤはおやと思った。
 
(シルヴェリオ様の建国祭の予定って、まさか……)
 
 フレイヤの視線に気づいたのか、シルヴェリオもまたフレイヤを見た。
 視線が交わった途端、シルヴェリオの柳眉が下がる。
 
「すまない、別の機会にこの穴埋めをさせてくれ。当日はパルミロとフラウラに護衛の代理をしてもらえないかかけあってみる」
「い、いえ、謝らないでください。重要なお仕事だとわかっていますので、穴埋までしていただかなくて結構です」

 気を遣って遠慮したのに、シルヴェリオの眉は更に下がるのだった。 
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