唇を隠して,それでも君に恋したい。

またねと言った彼女が現れたのは,早くも翌日のことだった。



「伊織」

「スズ」



スズが僕を呼び止める。

僕が困ったように振り返ると,スズもまた同じような顔をしていた。



「ほんとに,もう俺たちとは絡まないつもり?」

「……そんなんじゃないよ。今も普通に話してるように」

「三太も,バカだけど気付いてる。気付いてるから心配してるから怒って,悲しんで……このままだとアイツ,お前を誤解したまま絶縁みたいになっちゃうよ」



三太……

もしこの僕を,はっきりと責め立てる人がいるなら,それは三太だと思う。

それくらい僕は,みんなに甘えてしまっている。



「何かあるなら話してくれないか? ただ敦と仲違いしたわけじゃないないんだろ?」



僕は皆が好きだ。

三太も,スズも,リューも……和寧に敦のことだって。

皆の中にいたい。

でももう無理だ。

僕は僕として生まれてきた僕のことを,好きになれない。



「ごめん。スズ,君には何もできないよ。だから話せることは何もない。三太のことも……申し訳ないけど,僕のところに来てくれたときに謝るくらいしか,僕には出来ない。前言った通り,僕は受験に専念するから,昼も放課後も前みたいには過ごせない」



僕は器用じゃない。

ただ距離を置く,それだけのことで。

僕を想って声をかけてくれたスズを突き放して,こんな顔をさせることしかできない。

僕だって,本当は自分が何をどうしたいのか,まったく分からない。

どうするのが正解なのかすら,わからないんだ。

ただ1つわかるのはこんな展開を望んでいたわけじゃないこと。

皆との時間が僕にとって特別だった事だけだ。

ああ,どうしよう。

溢れる。

そう最後の抵抗として唇を噛み締め,下を向いたとき。


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