唇を隠して,それでも君に恋したい。



『あ,まって伊織くん! まだ寝ないで。今日は何か食べた?』

「たべてない。いま初めて起きた」

『やっぱり。誰にも教えないから,住所教えてくれないかな?』



誰にも教えないって,僕が君に教えたら,君が知ってしまうじゃないか。

ぼぅっとする頭で,そんなことを考える。

今日は目覚めた瞬間から自覚するくらい体調が悪くて,風邪をこじらせ寝込んでいた。

百合川さんにも一応連絡をしたけれど,『お大事に』とだけ大人しく返信をくれた彼女が,放課後になって鬼電してくるとは思わなかった。

たった一人この部屋で寝込んでいるのは,すこし,寂しい。

そんなことを考えてしまった僕は,本当に体調が悪かったのだと思う。

気づけば僕は,簡単に口を滑らして,嬉しそうな百合川さんの声に見送られながらもう一度眠りについた。

百合川さんが僕の家のチャイムを鳴らしたのは,それから一時間が経過したとき。

何もかも忘れていた僕は,少しすっきりした頭でその扉を開け,百合川さんの姿をみて硬直した。



「え」

「気分はどう? 伊織くん」

「いや,普通に驚いてる……どうして。あ」

「思い出した?」



体を傾けて,百合川さんはにこりと笑う。

僕は百合川さんの手元でかさりと主張する袋を見て,頭を押さえてため息をついた。

流れが流れだけに,追い返すこともできない。

電話の記憶から一時間,百合川さんは僕のためだけにここまでやってきたんだ。

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