唇を隠して,それでも君に恋したい。


「とりあえず……どうぞ。……来てくれて,ありがとう」



最後にぽそっと添えれば,百合川さんは何も言わずにこりと頷いた。



「ごめんね,麦茶くらいしか出せないかも」

「いいの,寝てて伊織くん。ところで,おかゆとうどんならどっちがいい? アレルギーはある? さすがに調味料はあるよね?」


半ば介護のように敷布団に押し倒され,瞠目する僕は布団をかけられる。



「えっと,うどん……アレルギーは,ない。調味料は……基本的なものなら?」


一つずつ答えながら,まってと百合川さんを制止する。


「百合川さんが作るの?」

「そのために来たんだもん。伊織くん,何も食べてないんでしょ? ユリユリスペシャル,待っててね」

「いや,だって」

「ユリユリは賢いだけじゃなくて,家庭科も万年評価5なんです。ユリユリがやりたくて来たんだから,申し訳ないとかは禁止!」



僕の言いたいことをすべて封じ,百合川さんはどこからか取り出したエプロンを僕に見せびらかした。

僕が連絡を入れた瞬間から,百合川さんの中でここに来ることは決定していたらしい。

じきにつゆのいい匂いがする。

僕はどうしてもおとなしく眠るつもりにはなれなくて,眠る直前百合川さんの背中に声をかけた。



「冷蔵庫の中に……お刺身がある。ふすまには保存食のごはんもあって,白い棚にレトルトの味噌汁も。うどんを2人分作ってもいいし……よかったら,食べていってもいいからね」


せっかく来たのに,僕の見舞いで帰らせるには心苦しい。

そんな思いで声をかければ,一度火を止めて,百合川さんが近づいてきた。
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