唇を隠して,それでも君に恋したい。
「うん,ありがとう伊織くん。じゃあお邪魔しちゃおっかな」
他に家族は,とか何も聞かず。
百合川さんは僕のおでこに埋めたくて小さな手のひらを当て,首筋にも同じようにして頷くと僕の手をぎゅっと握った。
「大丈夫だよ,伊織くん。伊織くんは一人じゃない。学校でもお家でも,ユリユリがいるからね」
母親のようで,姉妹のようで,従妹のようで。
どれでもない彼女の声で眠り,彼女の声で目覚めた。
「美味しい?」
「うん。僕が作るよりよっぽど」
「意外。伊織くんは何でもできそうなのに」
「僕はそんなに完璧じゃないよ」
少しずつ,もうあまり痛まない喉へ通していく。
出来立てのうどんは,柔らかさもちょうどよくて,卵とわかめがおいしかった。
百合川さんは僕がどうぞと冷蔵庫から出したお刺身を醤油にちょんちょんとつけながら満足げに僕を眺める。
「百合川さんは……どうして僕を好きになったの?」
どうしてここまでしてくれるのだろうと,それだけで。
僕は気づけばそんな質問をしていた。
応えられないのに聞いてどうするんだと,急いで顔を上げる。
百合川さんはきょとんとして,困ったように笑った。
「ん~えーと」
困るくらいなら話さなくていいと出かけるも,百合川さんの悩みはどこから話そうかということだったらしく,かえって待つように言われる。
僕が食事を再開していると,百合川さんはあのね,と語り始めた。
「ユリユリ,昔から人に好かれやすくて。可愛くて,賢くて,だからだって皆言うの。でもユリユリには,それが分からなかった。ただ普通に仲良くしたいのに。男の子が好きだって告白してくれても,女の子が笑顔を向けてくれても……いつもどこか,おいて行かれるような気持ち。そんな時だった。伊織くんに出会ったの。もちろんクラスも違ったし,話したこともなかったけど。それでもあの一瞬で,ユリユリは恋に落ちた。廊下でぶつかって,伊織くんが「大丈夫?」ってすぐに手を差し伸べてくれて。そのまんまるな瞳にきゅんとして,綺麗な声と細い指に驚いて……ほかの誰とも違う心配そうな声と純粋に驚いた表情に,恋をした」
一言でいえばただのひとめぼれだって百合川さんはいうけど。
僕を想うその照れた表情に,僕までどきどきしてしまう。