唇を隠して,それでも君に恋したい。
「ヒメ……これからも僕といてくれる?」
たくさんの選択肢の中で,僕のそばで。
ヒメは驚いた顔をして,照れたようなどや顔を向けた。
「当たり前! 伊織の彼女はユリユリだけなんだから。誰がいなくなっても,どれだけ不安でも,ユリユリが伊織を守ってあげるからね」
僕は情けなくて嬉しくて,口の端をマスクの中で上げた。
僕には一言も告げず去った和寧のことを,意外と引きずっていたのかもしれない。
あと少し,あと少し。
卒業するまでの時間を,こんな風に過ごせたらいい。
本当に,あと少し。
そんな時,僕の前に敦が再び立ちはだかった。
「話がしたい」
覚悟を決めたような顔の敦に,僕も諦めて俯く。
いつか来るんじゃないかと思っていた。
敦の受験も,順調だと聞いている。
そんな中,今更僕に声をかける理由は……
部活のある学生以外がほとんど帰宅しきったような静かな放課後。
日が落ちるスピードも上がって,気温も切なさの波を押し上げるように下がっていく。
2人きりの教室で,僕は約半年ぶりに敦と瞳を合わせた。
「敦」
そして,それは1年弱ぶりに正面から向き合うということでもある。
この世で最も恐ろしい君と,僕が。
二人きりのこの場所で。
僕は敦に気づかれないように,小さく深呼吸をして,先手を奪うように口を開いた。
リューや和寧の時とは違う。
今度こそ,真正面から向き合おう。
最後の機会だと思えば,そうする以外の選択など僕にはない。