唇を隠して,それでも君に恋したい。
フリーズする僕に,スズが驚愕の顔を向ける。
僕は直ぐにはっとして,さも平然としているように表情を繕った。
「やめて,スズ。百合川さん,僕には好きな人なんていないよ。だけど……ごめんね。僕は君の気持ちには応えられない」
だから,そのまま諦めてくれると嬉しい。
彼女の言葉か本当だとして。
共感するように痛む胸に気付かない振りをしながら笑いかける。
そんな態度が気に入らなかったのか,百合川さんは僕へずいっと前のめりに近寄った。
「嘘つき。せっかくユリユリが自分から引いてあげようとしてたのに。……じゃあ,証明して見せてよ,今ここで。私を振れるだけの理由が本当にないって」
「何を」
「動かないでよ,伊織くん」
胸ぐらを掴み,百合川さんは僕の耳へと小さく囁く。
「中島 敦のこと,好きな訳じゃないんでしょ?」
「なっ」
だめだ。
僕はそれを,どっちの意味でも肯定出来ない。
百合川さんはその僕の一瞬の恐怖から生まれた隙をついて,僕の大事なマスクへと手をかけた。