唇を隠して,それでも君に恋したい。


「伊織くん」

「は?」

「違った? この前そう呼ばれてたやろ。僕,あの日説明受けに来てて」



ああ,そう言えば。

リューに呼び掛けられたような気が,するようなしないような。



「よろしく。和か和寧って呼んで」



後ろに座った黒田の提案に渋々頷きながらも,僕は差し出された手をとらなかった。

僕は根っからの人見知り。

チャラそうなやつも,馴れ馴れしいやつもあんまり好きじゃない。

僕じゃなくても,和寧ならすぐに馴染むだろうと。

僕は会話もそこそこに前を向いた。




「んー。冷たいな」




思案するような言葉が聞こえたけど,その意味を問いただす前にHRは終わってしまった。



「なー。伊織はこの辺だとどこ行くん。なんか旨い店とか知らんと?」

「行かない。知らない」

「じゃあ一緒に探しに行かない? 僕の観光に付き合ってよ」

「行かない。やだ。……もーいい加減付きまとってこないでよ!」

「そんなこと言って~。さっきから何だかんだつき合ってくれてるやん~」

「それは……っ!!!」



なーなーねーねーと。

どれだけ冷たくあしらってもめげない和寧に僕はとうとう勢いよく振り返る。

和寧が話しかけてくるからだろ……っっ!!!

僕は喉にでかかった言葉を飲み込んだ。

それを口にしたところで,もっと付け上がるだけに決まってる。



「そんな意味不明な近寄り方してたら女の子に嫌われるよ。怖がられるから絶対やめなね」

「わー。忠告ありがとー」



適当な返事を返して,なにか思うところでもあったのか,和寧は大きな声でクラスメートを呼んだ。
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