唇を隠して,それでも君に恋したい。

和寧はそっと,壁についた僕の右手首を捕まえる。



「震えとるよ。右腕も,唇も」

「……わらうな」

「うん。ごめん。だから伊織はこっち」



くるりと反転させられて,僕は思わず瞬きながら感心してしまった。

この身のこなしは,寄ってくる女の子を落とすだけの才能だと思う。

気付けば和寧を前に,僕は壁を背にしていて。

こつんとおでこを当てられたまま視界に映す和寧の上目遣いは,うっかり揺らぎそうなほど和寧の思う壺だ。

お互いなにも言わず,また数秒が流れる。

2人とも,緊張していた。

突如,ふ……と和寧が笑う。

そして一度出すと堪えきれなくなったのか,更にふふふと笑い出して,僕も呆れを通り越してため息を吐いた。

あのさぁ




「やべ,ちょっと……はは。気のない男二人でこの空気,まじでやべーわ」

「ああうん,はいはい」



それな。



「こんな知ってる人間だらけの公共施設で……失敗したらまじやばいな」

「まぁ,その時はその時だよ。逃げよう」



2人一緒なら,それくらいは出来るだろう。

"失敗"

それは僕の能力が判明したときと同じ状況を作り出すこと。

お互い半狂乱になって,相手を求め過ぎるほどに愛情を抱くこと。

僕らの求める都合の良い仮説が正しいなら,僕らはただキスをするだけに終わる。
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