極上ドクターは再会したママとベビーを深い愛で包み込む
 頭がボーッとする。
 隣から聞こえる低い声にハッとすると、気づけば私は知らない男のひとに腰に手を回されてふらふらと歩いていた。
 いや、よく見ると知らない顔というわけじゃない。さっき飲み屋で、隣で飲んでいたサラリーマンだ。私と同い年ということで、少し会話をしていたところまでは覚えているんだけれど……。
「どこかで休んでいこうか」
「どこか……?」
 彼は私の困惑に気づかないのか、キョロキョロと辺りを見回す。そして視線を止めた先には、古びた建物がある。LEDライトで派手に看板を光らせているその建物は、どう考えてもラブホだ。
頭が冴えると同時に血の気が引いた。
 冗談じゃない。私にはそんなつもりは全くない。
「あの、私もう帰らないと」
「でもだいぶ酔ってるでしょ?明日は仕事が休みだって言ってたじゃない。ゆっくり休憩していこうよ」
 彼がニヤリと口角を上げる。
 そういえば会話の中で、私は明日休みなのだということを彼に言っていた気がする。それはもしかして、私が誘っているような言い方に聞こえてしまったんだろうか。
 頭が回らずうまく言葉も出てこない私の腰をぐいっと引いて、彼は強引に歩いていく。
 どうしよう……。
「小鳥遊さん」
 パッと顔を上げると、向かいから長身の男性が歩いてきた。
 背が高く足の長い彼は恐ろしくスーツ姿が様になっていて、人ごみの中でも明らかに周囲とは違う洗練されたオーラを放っている。白衣でもスクラブでもないから、一瞬誰かと思った。
「篠宮先生……」
「先生?職場の?」
 さすがに職場のひとにこんな状況を見られるのはよくないと思ったのか、男はパッと私の腰から手を離した。途端に強張っていた身体の力が抜ける。
 篠宮先生は、無表情のまま私と男を交互に見て口を開いた。
「ちょうどよかった。小鳥遊さんに仕事の件で確認があったんだ。彼女を連れて行っていいかな」
「えっ」
 私と男の声が重なった。
「小鳥遊さん、いいか?」
「は、はいっ」
「行こう」
「そういうことなので、すみませんっ」
 ぽかんとしている男に頭を下げ、篠宮先生の元へと寄る。背中に「なんだよ」という低い声と舌打ちが聞こえた気がしたけれど、確かめる余裕もない。
「だいぶふらついてるな。俺の腕につかまれ」
「そんなっ大丈夫ですよ」
「ここで転んだら恥ずかしいだろう」
 確かに、もし転んだら一緒にいる先生にも恥をかかせてしまう。すれ違う女性たちの熱い視線が先生に向けられているのを感じるから、なおさらだ。
「それじゃあ、失礼します」
 先生が軽く浮かせてくれた腕に手を添えて歩き出す。
 時折こちらを気にかけてくれる視線を感じ、私に合わせてゆっくり歩いてくれているのがわかる。
 私、そうとう酔って夢を見ているんだろうか。このシチュエーションはまるでデート……実際はただの介助なのだけれど、とにかくありえない事態が起きている。
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