君はまだ甘い!
検温が終わり、看護師が出ていくと、備え付けの小さな棚に手を伸ばし、同僚が届けてくれたカバンを取った。
少し頭に痛みを感じながら、スマホを取り出し、電源ボタンを押したところで愕然とした。

そうだった…。充電するのを忘れてて、残量がほとんどなかったんだった…。

マヤの声が聴きたい、と思う。
今回、自分は助かったが、脳震盪は最悪、命にも関わることがある。

生きていてよかった。
そうでなければ、もう二度とマヤに会えなかったし、まだその手にさえ触れていないのは心残りが過ぎる。

今会いたいのは、母親ではない。マヤだ。
会ってもっといろんなことを話したい。
マヤのことをもっと知りたいし、自分のことももっと知ってほしい。
あの丸くて小さな後頭部を撫でてみたい

再びベッドに横たわり、マヤの顔を思い出す。
そして、後悔したくない、という思いがさらに強くなった。
バスケも、マヤも・・・。


見舞いに来たチームメイトに頼んで、スマホを充電できたのはその二日後だった。

『トオルくん!?』

切羽詰まったようなマヤの声が耳に届き、申し訳ない気持ちと、懐かしさにも似た温かい気持ちがこみ上げた。

「報告が遅くなってすみません。優勝しましたよ」

耳元から、マヤの大きく吐く息が聞こえる。

『そんなことより、ケガ大丈夫なの?!』

「え?なんで知ってるんですか?」

『連絡も返信もないから、心配で、チームのSNSを検索した…』

「ごめんなさい。すぐに電話したかったんだけど、スマホの充電が切れちゃってて」

それはいいけど、と、口籠る声が、なんだか子供みたいで可愛らしい。

「脳震盪で意識を失っちゃったみたいです。相手選手と派手にぶつかって。あと、足首も骨折して、今入院中なんです」

『脳震盪!?入院!!』

「あ、心配しないでくださいね。頭も足も、軽傷ですから」

と、驚きと動揺を隠さないマヤに、安心させるよう説明した。

「あと1週間ほどで退院して、足首の方のリハビリ開始です」

『バスケは・・・?』

マヤの声はまだ不安げだった。
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