きみのためならヴァンパイア



顔をあげると、鏡越しに紫月と目が合った。

いつの間に部屋に来ていたのだろう。

冷静な頭とは裏腹に、私の涙腺は不思議と勝手にゆるむ。


「し、紫月ぃ……」

「っ、どうした?」


紫月は私の様子に驚いたのか、言葉を詰まらせる。

私はそんな紫月の方に振り向いて、彼の胸に顔をうずめた。

なりふりなんて構えない。

自分がなんで泣いているのか、私はもうわかってる。


……でも、言わない。

ファーストキスはあなたがよかった、なんて。

そんなの、口が裂けても言えない。


「……なんでもない。……っ、なんでもないけど……ちょっとだけ、貸してよ」

「……いーけど」


私に胸を貸してくれた紫月の左手は、私の頭をやさしく撫でる。

まるで子どもにするみたいなその仕草が、よけいに私の涙腺をおかしくさせた。





ひとしきり泣いて、いいかげん涙も落ち着いた頃。

ずっと無言で私に付き合ってくれていた紫月が、おもむろに口を開いた。


「……お前さ、なんか――」

「ん?」


見上げると、紫月は迷うように目を伏せる。


「……いや、なんでもねぇ」

「えっ、なに?」


もしかして、水瀬とかピストルに気がついた?

だとしたら――……だとしたら、なんだろ?

私は、紫月に何を隠したくて、紫月に何を望んでるんだろう。

自分で自分のことがわからなくなってきた。


「べつに……泣き止んだなら、寝とけよ」


紫月に促されて、ベッドに戻る。

椅子に腰かけた紫月は、ふいにこぼした。


「……そういや、引っ越すことにした」


< 62 / 174 >

この作品をシェア

pagetop