きみのためならヴァンパイア
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紫月は追いかけてこなかった。
すっかり朝日が昇った街中に、ヴァンパイアらしき影はない。
水瀬に会うにも、連絡を取らないことには居場所がわからない。
ともりに駆け込むと、開店準備をするマスターに驚かれた。
それも当然だ。
汗でぐしょぐしょの服に、とかしてもいない髪がはりついている。
「電話、貸してください」
息を整えながらなんとかお願いすると、マスターはすぐに電話をかけさせてくれた。
水瀬の電話番号は、覚えている。
こういうのを覚えるのは得意だった。
水瀬の番号なんか覚えたくもないと思っていたが、今回ばかりは自分の記憶に感謝する。
『はい』
穏やか、爽やか、優しそう。
たった一言ですらそんな印象的を与える水瀬の本当の顔を私は知っている。
「……会いたい」
『ーー陽奈ちゃんだね? うれしいお誘いだなぁ。それじゃあ、待ち合わせしようか』
私が別れを告げようとしてることは悟らせたくなかった。
水瀬は詮索することもなく、ただ、会いたいという私の願いを聞き入れてくれたみたいだ。
電話を切ると、心配そうにこちらを伺うマスターに気がついた。
「陽奈さん、大丈夫かい?」
マスターからすれば今の私は、紫月と一緒じゃないし、格好も様子もおかしいし、異常事態だと思ってることだろう。
けれど、何があったのかーーなんて訊かない、そんな優しさが今はありがたい。
「大丈夫です! ちょっと、けりをつけてきます」
絶対、大丈夫。自分に言い聞かせるように答えて、私はともりから飛び出した。