彼女はまだ本当のことを知らない
最初こそつまずいたが、その後は順調だった。
お茶とお菓子をいただき、私の家族のことや仕事のことなど、彼らに聞かれるままに答えた。
ランスロットは、両親の前でも私の腰を抱いて、ずっと手を握っている。時折背中にポンポンと当たるのは、彼の尻尾なのだろか。
普通なら親の前でいちゃつくのは恥ずかしいが、ランスロットの両親も似たような感じだった。
話している途中で、侯爵は妻の垂れた耳を愛おしそうに手の甲で撫で、ふさふさした尻尾を妻に絡ませている。
獣人にとって耳や尻尾は弱点で、おいそれと人に触らせたりしない。
二人は既に夫婦なのだから当然なのだが、ランスロットが私にも同じようにしているのは、やっぱり私に対して気を許してくれていからだろうか。
誰かにとっての特別に自分がなるなんて、思っても見なかった。
なんだかくすぐったい気分だ。
「実はランスロットは今でこそこんなに立派になったが、生まれた時は未熟児でね。食も細くて食べさせるのに苦労したよ」
「お気に入りのブランケットがあってね。それがないとなかなか寝付けなくて。あんまり古くなったから、捨てようとしたら泣いて嫌がって」
「やめてください。いったいいくつの頃の話をしているのですか」
真っ赤になってランスロットが両親を止める。いつも凜々しい彼も、両親の前では子供っぽくなる。
「どうして止めるの? ランスロットの幼い頃の話がきけて私は嬉しいわ。天下のランスロット隊長も、小さい頃があったんだなあって」
「俺にだって子供の時はある」
「ええ、わかっているけど、でも何だか想像が付かなくて」
「ランスロットの小さい頃を知りたければ、肖像画がある」
「あらあなた、それよりもっといい方法がありますわ」
にっこりと夫人が微笑みかける。
「二人の間に子供が出来れば、きっとランスロットそっくりの子を見られるわ」
「こ! 子供?!」
いきなり子供と言われて驚く。
「俺はタニヤに似た女の子がいいな」
パタパタとランスロットの尻尾が激しく揺れる。満更でもないどころか、とても嬉しがっているのがわかる。
「それは難しいな」
しかし侯爵はそれに水を差すように、難しい顔をする。
「お前も知っているだろ? 獣人の遺伝子は優先的に遺伝する。お前は生粋の獣人。何しろ我が家は代々獣人同士で結ばれてきた。マリーンの方も、人間と結ばれたのは三代ほど前だ」
獣人の遺伝子が強いため、私に似るよりランスロットに似る子が生まれる確率が高いという。
「高いというだけで、ゼロじゃない。だろ?」
ランスロットはどうしても諦めきれないらしく、しつこく食い下がった。
私はと言えば、結婚もまだなのにその先の子供の話が出て、追いつけなかった。
「子供はまだ、早いんじゃ…」
「昨夜のことで、出来ているかもしれないだろ?」
「確かにそうだけど…」
何もかも急すぎて、私は置いてけぼりな感じだった。
「ランスロット、やっと彼女と想いを遂げられて嬉しいのはわかるけど、タニヤさんが困っているわ」
見かねた夫人が助け船を出してくれた。
最初に子供云々を口にしたのは彼女なのにと思いながらも、私はすこしほっとした。
誰かと付き合ったこともない。恋人期間も何もないまま、いきなり子育ても何だか残念だ。
「もし、子供が出来ていたら、もちろん私も嬉しいわ。でも、そうでないなら、しばらくは二人きりがいい」
「タニヤ」
またもや激しくランスロットの尻尾が振り回される。そのうち千切れるんじゃないかと心配になった。
結果的に、その時はまだ妊娠はしていなかった。
その後、私は騎士団を退職した。
騎士団の仲間からは、ランスロットと「番」だったことで驚かれた。
一番驚かれたのは、彼の忍耐力だった。
「『番』を見つけた獣人が、これほど忍耐強く待つなんて有り得ないわ。隊長ってすごいのね」
「番」に対する獣人の独占欲は、その獣人が強ければ強い分、激しいと言う。
それを長い間制御してきたということで、獣人たちからの尊敬を集めた。
そして一ヶ月後には結婚式を挙げた。
「タニヤ、綺麗だ」
「ありがとうございます」
式が始まり、父のエスコートで祭壇に歩いていく私を、ランスロットは一瞬も見逃さまいとするくらいに、見つめてきた。
「他の男たちの目に映らないよう、隠してしまいたい」
式の間、ランスロットはずっと私の耳元でそんなことを囁いていた。
小声だってけど、きっと司祭様には聞こえていただろう。
さりげない圧が、ランスロットから司祭に向けられ、心なしか司祭様の口調が早口になった気がする。
「ランスロット・テイラー、汝はタニヤ・カルデロンを「誓います」」
司祭様がすべて言い終える前に、ランスロットが被せるように答える。
「……コホン、ではタニヤ・カルデロン、汝はランスロット・テイラーを生涯の伴侶としていかなる時も共にあることを誓いますか?」
やりにくそうに困った顔をしながら決り文句を口にする司祭様が気の毒になる。
「誓います」
「では、誓いの」
またもや司祭様が言い終える前に、ランスロットは私のベールを上げて、唇を奪った。
「ん……」
(ちょっと長くない?)
打ち合わせでは、「軽く」と言われていたが、ランスロットはなかなか唇を離そうとしない。
そればかりか、増々深くなる。
「ゴホンゴホン」
「ランスロット、手順どおりに」
大きな咳払いと、侯爵夫人の囁き声が聴こえ、ようやく彼は唇を離した。
お茶とお菓子をいただき、私の家族のことや仕事のことなど、彼らに聞かれるままに答えた。
ランスロットは、両親の前でも私の腰を抱いて、ずっと手を握っている。時折背中にポンポンと当たるのは、彼の尻尾なのだろか。
普通なら親の前でいちゃつくのは恥ずかしいが、ランスロットの両親も似たような感じだった。
話している途中で、侯爵は妻の垂れた耳を愛おしそうに手の甲で撫で、ふさふさした尻尾を妻に絡ませている。
獣人にとって耳や尻尾は弱点で、おいそれと人に触らせたりしない。
二人は既に夫婦なのだから当然なのだが、ランスロットが私にも同じようにしているのは、やっぱり私に対して気を許してくれていからだろうか。
誰かにとっての特別に自分がなるなんて、思っても見なかった。
なんだかくすぐったい気分だ。
「実はランスロットは今でこそこんなに立派になったが、生まれた時は未熟児でね。食も細くて食べさせるのに苦労したよ」
「お気に入りのブランケットがあってね。それがないとなかなか寝付けなくて。あんまり古くなったから、捨てようとしたら泣いて嫌がって」
「やめてください。いったいいくつの頃の話をしているのですか」
真っ赤になってランスロットが両親を止める。いつも凜々しい彼も、両親の前では子供っぽくなる。
「どうして止めるの? ランスロットの幼い頃の話がきけて私は嬉しいわ。天下のランスロット隊長も、小さい頃があったんだなあって」
「俺にだって子供の時はある」
「ええ、わかっているけど、でも何だか想像が付かなくて」
「ランスロットの小さい頃を知りたければ、肖像画がある」
「あらあなた、それよりもっといい方法がありますわ」
にっこりと夫人が微笑みかける。
「二人の間に子供が出来れば、きっとランスロットそっくりの子を見られるわ」
「こ! 子供?!」
いきなり子供と言われて驚く。
「俺はタニヤに似た女の子がいいな」
パタパタとランスロットの尻尾が激しく揺れる。満更でもないどころか、とても嬉しがっているのがわかる。
「それは難しいな」
しかし侯爵はそれに水を差すように、難しい顔をする。
「お前も知っているだろ? 獣人の遺伝子は優先的に遺伝する。お前は生粋の獣人。何しろ我が家は代々獣人同士で結ばれてきた。マリーンの方も、人間と結ばれたのは三代ほど前だ」
獣人の遺伝子が強いため、私に似るよりランスロットに似る子が生まれる確率が高いという。
「高いというだけで、ゼロじゃない。だろ?」
ランスロットはどうしても諦めきれないらしく、しつこく食い下がった。
私はと言えば、結婚もまだなのにその先の子供の話が出て、追いつけなかった。
「子供はまだ、早いんじゃ…」
「昨夜のことで、出来ているかもしれないだろ?」
「確かにそうだけど…」
何もかも急すぎて、私は置いてけぼりな感じだった。
「ランスロット、やっと彼女と想いを遂げられて嬉しいのはわかるけど、タニヤさんが困っているわ」
見かねた夫人が助け船を出してくれた。
最初に子供云々を口にしたのは彼女なのにと思いながらも、私はすこしほっとした。
誰かと付き合ったこともない。恋人期間も何もないまま、いきなり子育ても何だか残念だ。
「もし、子供が出来ていたら、もちろん私も嬉しいわ。でも、そうでないなら、しばらくは二人きりがいい」
「タニヤ」
またもや激しくランスロットの尻尾が振り回される。そのうち千切れるんじゃないかと心配になった。
結果的に、その時はまだ妊娠はしていなかった。
その後、私は騎士団を退職した。
騎士団の仲間からは、ランスロットと「番」だったことで驚かれた。
一番驚かれたのは、彼の忍耐力だった。
「『番』を見つけた獣人が、これほど忍耐強く待つなんて有り得ないわ。隊長ってすごいのね」
「番」に対する獣人の独占欲は、その獣人が強ければ強い分、激しいと言う。
それを長い間制御してきたということで、獣人たちからの尊敬を集めた。
そして一ヶ月後には結婚式を挙げた。
「タニヤ、綺麗だ」
「ありがとうございます」
式が始まり、父のエスコートで祭壇に歩いていく私を、ランスロットは一瞬も見逃さまいとするくらいに、見つめてきた。
「他の男たちの目に映らないよう、隠してしまいたい」
式の間、ランスロットはずっと私の耳元でそんなことを囁いていた。
小声だってけど、きっと司祭様には聞こえていただろう。
さりげない圧が、ランスロットから司祭に向けられ、心なしか司祭様の口調が早口になった気がする。
「ランスロット・テイラー、汝はタニヤ・カルデロンを「誓います」」
司祭様がすべて言い終える前に、ランスロットが被せるように答える。
「……コホン、ではタニヤ・カルデロン、汝はランスロット・テイラーを生涯の伴侶としていかなる時も共にあることを誓いますか?」
やりにくそうに困った顔をしながら決り文句を口にする司祭様が気の毒になる。
「誓います」
「では、誓いの」
またもや司祭様が言い終える前に、ランスロットは私のベールを上げて、唇を奪った。
「ん……」
(ちょっと長くない?)
打ち合わせでは、「軽く」と言われていたが、ランスロットはなかなか唇を離そうとしない。
そればかりか、増々深くなる。
「ゴホンゴホン」
「ランスロット、手順どおりに」
大きな咳払いと、侯爵夫人の囁き声が聴こえ、ようやく彼は唇を離した。