彼女はまだ本当のことを知らない
「……残念だが仕方がない」

 途中で止められて、ランスロットは明らかに不満そうだ。

「ラ、ランスロット、まだ式の途中だから」

「わかっている。俺は『待て』が出来る男だ」

 堂々と彼は言ったが、何とも信憑性がない。
 確かに「番」である私を見つけてからの彼は、獣人にしては「待て」が出来ていた方だと思う。
 でも、最近のランスロットは確実に「待て」は効かなくなっている。
 さっきのことだって、練習では軽く触れる程度ということだったのに、段取りなど忘れてしまったようだ。

「ランスロット様、もう少しで式は終わりますから、頑張ってください」
「わかった。最後まで頑張ったら、後でちゃんとご褒美をくれるのだろう?」

 私の励ましにランスロットは、笑顔でそう言った。
 その笑顔の裏に含まれた意味を悟り、私の顔がかあ~っと赤くなる。
 
「何を期待している?」

 私の顔が赤くなった理由をランスロットは理解し、わざとそう聞いて来たのがわかった。

「…べ、別に何も」
「そうか?」

 私の反応に気を良くした彼は、その後は粛々と儀式をこなし、何とか無事に結婚式は終わった。
 
「本当にうちの愚息が申し訳なかった」

 式が終わって、テイラー侯爵が私と私の両親に頭を下げて謝った。

「あの、侯爵様、どうか頭をお上げください」
「そうですよ」

 侯爵に頭を下げられて、両親は情けないくらいに動揺している。

「いいえ。危うく式が台無しになる所でした。せっかくのお嬢様の晴れ舞台なのに」
「ほら、あなたも謝りなさい。結婚式が花嫁にとってどれほど大事なものか、わかっているの?」
「わかっています。タニヤはいつも美しいですが、今日は一段と美しかった。結婚式の花嫁が特別だというのは、真実ですね」

 とろりとした表情で私を見るランスロット。私の両親はそんな彼の態度にまだ慣れないらしく、複雑な表情をしている。
 
「どうか本当に気になさらないでください。あれくらい何でもありません。ランスロット様には我が家のことで色々とお世話になりました」

 ランスロットが困窮している我が家のために、色々と骨を折ってくれた。お陰で我が家は没落の危機を回避できた。

「どうか、俺のことはランスロットと呼んでください。今日からお二人の息子になるのですから」
「そ、そうは言っても…」
「侯爵家のご子息を名前で呼ぶなど…」

 その気持ちはわかる。騎士団で以前から面識がある私でも、名前で呼ぶことにはまだ慣れない。まだ数回しか会ったことがない両親が戸惑うのもわかる。

「ランスロット、急には無理よ。私でも慣れないのに」
「そうか」

 両親の戸惑いを察した私がそう言うと、ランスロットは残念そうだ。

「おいおい慣れていけば、そのうちね」

 残念がるランスロットが何だか可愛くて、私はその手を握った。

「そうだな。家族なんだし、タニヤの言うとおりだ」

 そう言って私をぎゅっと抱きしめてから、ランスロットは私の両親に近づいた。

「これからもよろしくお願いします。お義父さま、お義母さま」

 そして二人に向かって握手を求めた。

「こ、こちらこそ。ふつつかな娘ですが、どうかよろしくお願いします」
「本当に良い子なんです。おしゃれもしたいだろうに、ずっと家のために仕送りしてくれて、苦労ばかりかけてきました。それなのに文句も言わずに」
「もう、お父さまもお母さまも、また同じ事を」

 二人がこの話をするのは初めてではない。初めて顔合わせした時も、同じ話をして涙ぐんまれた。
 貧乏を隠すつもりはないが、他人の苦労話を何度も聞かされて楽しいわけがない。
 
「ランスロットも、侯爵様達も同じ話を聞かされて困っているわ」
「そんなことはない。タニヤが素晴らしいという話なら、何度聞いても構わない」
「ランスロットの言うとおりだ。私達の娘は素晴らしい」

 夫人もそれに同意して、うんうんと頷く。
 
「それに、俺たちが仲良くなったのも、ある意味タニヤがお金に苦労していたからですし」
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