公爵令嬢ヘレーネの幸せな結婚
 泡が弾けるように夢の残像が脳裡を駆け巡る。

 “ねぇ、王女の呪いはどうすれば解くことができる?”

 母の横顔をヘレーネはそっと伺う。
 出産という大仕事を無事終えた母は微笑みを浮かべている。

 すべてを恨み憎み呪った婚姻の中でも、幸せを感じる一時(ひととき)はあるのだ。

 母がもっと幸せを感じることができれば……。
 一時ではなく、もっともっとたくさんの幸せで満たすことができたなら……。

 いつか、この婚姻を赦し呪わなくなるかもしれない。

  天国のような安らぎの中で眠れ

 囁くようにルートヴィヒが歌うと、赤子は気持ちよさそうに目を細める。


 昔、兄が打ち明けてくれたことをへレーネは思い出す。
 彼には夜空の星になってしまった小さな弟がいた。
 だから、ヘレーネが生まれてくれてとても嬉しいのだと。

 ルートヴィヒはヘレーネに常に甘く、願いは何でも叶えてくれた。
 祈るような優しさで包み込み守ってくれる。

 ようやく今、ヘレーネは兄の哀しみの一端を理解した。
 それは胸が張り裂けそうな心の痛みをずっと抱え続けるということ。

 (いとけな)い大事な宝物のエリーザベト。
 死んでしまうなんて、“ぜったいに、いや!”とへレーネは恐れた。

 硝子細工のように儚い小さな掌にヘレーネは指でそっと触れる。
 エリーザベトは応えるようにギュッとへレーネの指を握った。

 その柔らかで力強い温もりはヘレーネの胸に火を灯すように熱くさせた。

「シシィ、あたしのいもうと」

 エリーザベトが夢の中で少女の姿になって、家族の誰よりも先に会いに来てくれたのだとへレーネには思えてならない。

 誰のところでもなく自分のところに一番に会いに来てくれた大事な大事な妹。

 (あなたをあたしが、いっぱいまもってあげる)

 兄がヘレーネを慈しみ守るように、ヘレーネも妹を慈しみ守っていこう。

 へレーネは小さな胸にそっと聖夜の誓いを立てた。
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