公爵令嬢ヘレーネの幸せな結婚
◇◆第一章◆◇

◇夜会の光影◇

 公爵令嬢ヘレーネ・カロリーネ・テレーゼ・フォン・ヴィッテルスバッハは、夏夜(かや)の熱気が篭もる大広間の片隅で凍ったように立ち尽くす。

 オーストリア帝国の若き皇帝(カイザー)フランツ・ヨーゼフの見合い相手として、19歳になったヘレーネはオーストリア西部、ティロル山岳地帯にある湯治場(バート)イシュルに招かれていた。

 そこで想定外の事態が起こり、ヘレーネの未来は粉々に砕け散る。

 フランツ・ヨーゼフが、妹のエリーザベトにひと目で恋に落ちてしまったのだ。


 今宵は、皇帝の満23歳となる誕生前夜祭──。
 誰よりも(めか)し込まれたへレーネは、波打つ艶やかな黒髪を丁寧に結われ特注の白いソワレを身に纏う。

 外国の賓客も近隣の貴族も招かれ華やいだ雰囲気の中、従兄妹同士で身分も釣り合う皇帝フランツ・ヨーゼフと公爵令嬢ヘレーネは親交を深める予定であった。

 だが、周囲が何度もお膳立てをしてもフランツ・ヨーゼフは、へレーネと視線を交わすことさえしない。

 皇帝の瞳は情熱的な熱を帯び、エリーザベトただ一人を捉えて離さなかった。

 雪原を踏み荒らすが如く容易に、ヘレーネの真っ白だった未来は踏み(にじ)られ一生消えない汚点がついた。

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