公爵令嬢ヘレーネの幸せな結婚
「あら……なんてこと! 妹君が陛下の御心を射止めるなんて……」
「まさか!  まだエリーザベト姫は15歳ですよ!?」
「でも、陛下のあの気に入りよう……御心が何処にあるかは明らかですわ」

 大広間の中央で青年皇帝に熱烈に見つめられ、恥ずかしそうに俯く妹姫(エリーザベト)
 会場の隅にひとり追いやられた姉姫(ヘレーネ)

 姉妹の明暗に驚きと興奮まじりに人々は囁きあう。

「明日のウィーンはこの話題でもちきりでしょうね」
「……ヘレーネ姫はお気の毒ね。今後、どうなさるつもりかしら……」

 フランツ・ヨーゼフの生母であるゾフィー大公妃(エルツヘルツオーギン)が気遣わしげな視線をヘレーネに寄せる。
 気力をふり絞りへレーネは微笑みを返した。

 ウィーン宮廷の絶対権力者であるゾフィー大公妃。
 “バイエルンの薔薇”と称された社交界の華も美貌と若さを失い、権力闘争の厳しさがうかがえる近寄りがたい女傑になっていた。

 しかし今、ゾフィーの双眸から注がれる眼差しには深い同情の色があった。

 申し訳なさそうに眉間の皺を深めるゾフィーに、ヘレーネは余計にいたたまれない気持ちになった。 

(きっと、もう……私が幸せになることはない)

 王家は体面を重んじる。
 皇帝が目もくれないことが公の場で露わになったヘレーネの立場は死んだも同然。

 婚約者候補から転落しただけでなく、王族の姫(プリンツェシン)としての価値も失った。

 今後、まともな縁談など望めまい。人々の好奇の目に晒されながら日陰の身として生涯を終えるのだろう……。

 大公妃の隣に立つ人物に視線を移すと、大公妃の妹であるへレーネの母、ルドヴィカ公爵夫人(ヘルツォーギン)はすっかり取り乱している。
 扇を持つ手がぶるぶる震え、今にも卒倒しそうなほど動揺していた。

 痛々しい母の姿を見てられなくて、ヘレーネは思わず視線を逸らした。
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