捨てられ令嬢ですが、一途な隠れ美形の竜騎士さまに底なしの愛を注がれています。
「それに、いざとなったら蹴り上げてやりますから」

 何処とは言わないけど、何処とは。そう思いつつ女性からグラスを受け取って、グイッと一口飲む。

 果実の甘酸っぱい味がして、普通のお酒よりも飲みやすい。

 そう思って、もう一口飲もうとして――手を掴まれた。そちらに視線を向ければ、彼がいる。

「もう、止めておきましょう。彼女の言う通りですよ」

 彼は流れるような動きで私の手からグラスを奪い取って、自身の口に果実酒を流し込む。

 あぁ、私の果実酒……と思うよりも先に、男はぐいっと私に顔を近づけてくる。相変わらず、前髪が長くて目元が見えない。

「……本当に、あなたは危機感がないんですね」

 何処か呆れたような声で、そう言われる。……失礼な。これでも元子爵令嬢だ。ある程度の危機感はある……と、思いたい。

「失礼ですね。……私だって、ある程度の危機感はあります」

 プイっと顔を背けて、彼の言葉を否定する。食堂内はすっかり出来上がった人たちばかりで、私たちを気に留める者はいない。先ほど注意してきた店員の女性も、もう仕事に戻っていた。

「言っておきますけれど、この調子で宿のある通りまで行けるんですか? そもそも、宿だって部屋が取れるかわからないのに……」

 ブツブツと呟く彼。……なんだろう。この口調からして、心配してくれているみたいだ。

(悪い人じゃないのかもね……)

 ぼうっとしつつ、頭の中だけでそう呟く。

「……宿、取れなかったら適当に寝ますし」

 なんだったら、野宿でもいいや。そんな軽い気持ちでそんな言葉を口にした瞬間――また手首を掴まれた。

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