つれない男女のウラの顔
あまりにも唐突過ぎて頭が混乱している。
もちろん私も距離を詰めたいと思っているけれど、だからといって急に名前呼びなんて出来るわけがない。
「上司に向かって、さすがにそれは…」
「今日は俺が上司であることは忘れて。でないと何の練習にもならないだろ」
「……」
確かにそうだけど、さすがに初っ端からハイレベルすぎる。上司である以前に、片思いの相手だから。
やはり練習を頼む相手を間違えたかも。そもそも練習なんてただの口実で、成瀬さんと人生初のデートを楽しみたかっただけなのだけど。
「あ、もしかして俺の名前を知らないとか?」
「いえ、お名前は存じ上げておりますが…」
「だったらほら、早く」
なんかちょっと楽しんでる?成瀬さんの口角が微かに上がっている。渋る私を面白がって、敢えて急かしているのが分かる。
成瀬さんでもこんな子供っぽいイタズラするんだ。ちょっと意外。
でもそのギャップも、またいいのだけれど。
「私が呼んだら、成瀬さんも私のこと名前で呼んでくれますか?」
「もちろんそのつもり」
即答した彼に真っ直ぐな視線を向けられ、息を呑んだ。
もう逃げられそうにない。
「ちなみに私の名前はご存知で…」
「京香」
ドキッと心臓が跳ねた。不意打ちだ。まさかここで呼ばれると思わなかった。
「花梨 京香だろ。知ってるよ。綺麗な名前だなって、ずっと思ってたから」
固まる私に、成瀬さんは続けて口を開いた。
ずっとっていつから?
私が隣に越してくる前からってこと?
今その台詞は狡いよ成瀬さん。気持ちが抑えきれなくなっちゃう。