つれない男女のウラの顔
「そろそろ行くか」
「…はい」
名残惜しさを感じながら、成瀬さんに続いて席を立つ。時間が進むにつれ、このデートが終わりに近付いているのが苦しい。
明日の仕事のことを考えると、早めに帰宅した方がいいことは分かっている。少しでも気遣いの出来るいい女だと思われるためにも、ここで「そろそろ帰りましょう」って言わなきゃいけないことも。
なのにその一言がどうしても言えない。成瀬さんが「帰ろう」って言うまでこうしていたい。
私はどこまでも貪欲でずるい女だ。恋をすると、こんなにも自分がわがままになるなんて知らなかった。
「とりあえず車に戻ろうか」
“帰ろう”ではなく“車に戻ろう”と言った彼に、私は静かに頷いた。まだまだデートは続くのかもしれないと、淡い期待を抱きながら。
───けれど、車に乗りこみ、成瀬さんがナビで設定した目的地が《自宅》だったのを見て、一気にテンションが下がった。
ああ、本当に終わるのか。
そう思った途端に目頭が熱くなるのを感じて、慌てて窓の外に視線を移した。
「いい所だったな」
「…はい。とても素敵でした」
景色を眺めたまま返事をした直後、右手に熱が触れた。成瀬さんの指が私の指に絡められ、定位置であるアームレストの上にそっと乗せられた。
今日見たこの景色も、車の中で小さく流れている音楽も、一緒に歩いた道も、昨日観た映画も、成瀬さんの匂いも、そしてこの右手の熱も。
私はきっと、一生忘れないだろう。