つれない男女のウラの顔

どうするべきなのだろう。もしかすると、断られる前提でからかっているだけかもしれないし。

いや、成瀬さんはそんなことをするタイプの人ではない。たまに意地悪なときはあるけれど、こんな冗談はきっと言わない。

だからこの練習をするかしないかは、きっと私次第。成瀬さんは私のために、選択肢をくれている。

そんなの、断る理由なんてない。むしろ嬉しい。
許されるのなら、初めては成瀬さんがいい。


「…旭さん、」

「これはさすがにセクハラになるか」


お願いします──と伝えようとしたけれど、私がもたもたしているからか、私が言い切る前に成瀬さんはそう言って、体勢を戻し再び夜景に視線を戻した。

その時、彼の瞳が寂しげに揺れた気がした。


待って、嫌だ。せっかくのチャンスなのに、このまま終わるなんて絶対に嫌。

私の初めては、成瀬さんがいい。


「旭さん」


声を掛けると、前を見つめていた彼の視線が再び此方に戻った。


「練習…したいです」

「え…?」


繋がっている手を、ぎゅっと強く握った。
絞り出したような声で訴えて、上目がちに彼を捉えた。


「キス、してください」

「………」


今度はハッキリと伝えた。緊張で顔が引き攣り、若干声が上擦った。

それでも、この気持ちが本気であることが伝わるように、彼を真っ直ぐに見つめる。


「だって私、いまは旭さんの…お嫁さん(・・・・)なんですよね…?」


恐る恐る尋ねると、彼の瞳が大きく揺れた。先に言い出したのは成瀬さんの方なのに、動揺を隠しきれていないようだ。

もしかして本当に冗談だったのだろうか。と、不安に煽られていると、成瀬さんが静かに口を開いた。


「…後悔しない?」


するわけない。だって私は成瀬さんのことが好きだから。


「しません。なので…」

「京香」


優しい声音が鼓膜を揺らし、成瀬さんの空いている方の手が私の横髪を撫でた。その手がそのまま後頭部に伸び、そっと引き寄せられて

───ふたりの唇がゆっくりと重なった。
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