つれない男女のウラの顔

「だからここに来たのも、こないだの電話も、おばさんが言い出したわけじゃない。全部俺の意思だよ」


てっきり母がひとりで舞い上がって、匠海くんを巻き込んだのだと思ってた。電話の時、匠海くんは“デートしよう”とは言ったけど、そんな素振りをひとつも見せなかったから。でも実際は…。

今日この日のために、どれほど勇気を振り絞ってくれたのだろう。成瀬さんに片思いをしている今だからこそよく分かる。行動するのも、相手に気持ちを伝えるのも、とても難しくて大変なことだから。


「京香のことをずっと想ってたって話をおばさんにしたら、喜んでくれたよ。おばさんずっと心配してたから。京香には早く結婚して欲しいけど、浮いた話を全く聞かないし、もし彼氏が出来たとしても、変な男に騙されてたら困るしって。でも俺なら安心だって言ってくれた」


だから、もう遠くから見てるだけはやめようと思って───そう続けた匠海くんは、手を膝に置いて姿勢を正すと「京香」と優しい声音で私を呼んだ。


「結婚を前提に、俺と付き合ってほしい」


はっきりと紡いだ彼は、言い終えるとホッとしたように破顔した。

匠海くんらしい、穏やかで、だけど真っ直ぐな告白だった。

いつも堂々としている彼が、珍しく緊張しているのが分かる。本当にずっと私を想ってくれていたのが伝わってきて、自然と目頭が熱くなるのを感じた。

お母さん、喜んだだろうな。だからこないだの電話はテンションが高かったのか。

このまま匠海くんを受け入れたら、きっと何もかもが上手くいくだろう。

幼なじみだからお互いの性格も、お互いの家族のこともよく知っているし、なにより彼は私の“秘密”を理解してくれている。持ち前の明るさと気さくさで、コミュ障の私を引っ張ってくれるだろうし、職も安定している。

このまま私が頷いたら、匠海くんも、父も母も幸せに出来る。私ももう、片思いに悩まなくて済む。


でも───…


「ごめん…匠海くんとは、付き合えない」


私の心は、成瀬さんを求めてしまう。




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