つれない男女のウラの顔
「花梨の食の好みが分からなかったから、評判の良いすき焼き弁当にしてみたんだが」
「すき焼き!いいですね」
成瀬さんのそばに行って、お弁当を覗き込む。
悶絶してる場合じゃないぞ私。平常心平常心。
「あ、ここのすき焼き弁当、ランキングにも入るくらい有名なやつじゃないですか。一度食べてみたかったんですよね」
「それならよかった。こないだ肉バルにいたくらいだから、肉が好きなのかと思って」
「お気遣いありがとうございます。でも好き嫌いはないので何でも食べられますよ。…わぁ、いい匂いがする」
頭の中の成瀬さんの匂いを消すため、お弁当の近くで思いっきり空気を吸い込むと、すぐに脳内がすき焼きでいっぱいになった。これで平常心を保てそうだ。
「もし酒が飲みたいなら、冷蔵庫にビールが入ってるから好きに飲めばいい」
「いえ、私は先程いただいたミネラルウォーターで充分です。あ、でも成瀬さんは気にせず飲んでくださいね」
「いや、俺も飲まない。食事だけ済ませたら車で出ていくから」
「え…?」
理解が追いつかずキョトンとしてしまう。成瀬さんが出ていくなんて思っていなかったから。
思わず「何か急ぎの用事ですか?」と尋ねると、成瀬さんは「ううん」と首を横に振った。
「俺がいたら気を使ってゆっくり休めないだろ。俺は近くのホテルにでも泊まるから、花梨はこの部屋を好きに使ってくれたら…」
「ま、待ってください。そんなの嫌です」
遮るように声を発すると、戸惑いを孕んだ瞳と視線が重なった。
「いや、その…」
咄嗟に引き止めてしまったけれど、かなり大胆な発言をしてしまったことに気付く。
とはいえ「ではお言葉に甘えて」なんて言えるわけがない。
「成瀬さんが出ていくのは違う気がします。だったら私が出ていきますから」
「そんな格好で外に出るつもりか?そもそもこれは俺が言い出したことだから、花梨は何も気にしなくていい」
「無理です。気にします。成瀬さんを追い出して、私ひとりでのんびりくつろげる訳ないじゃないですか。それにさっきネットニュースで見ましたけど、いま大雨警報が出てますよ。当分雨は止まないらしいので、外出は避けた方がいいかと…」