新そよ風に乗って ⑧ 〜慕情〜
「明良」
高橋さんが、 ドアの方を向いたまま名前を呼んだ。
「うーん?」
明良さんはそんな高橋さんの言葉にも動じず、 私を抱きしめたまま気怠そうに返事をした。
「Thank You!  明良」
「はぁん? 何の事やら?」
明良さんの声が、 明良さんの胸を通して私の耳にも響いていた。
「どうしてお前は、 そう素直に……」
高橋さんは振り返りながらそう言い掛けて、 今の明良さんと私の状態を見た途端、 一瞬目を見張って固まっていた。
「なぁにぃ?」
明良さんは、 そんな高橋さんの態度に動じることなく、 そのまま私を抱きしめながら点滴の落ちる速度の調整部分をいじっている。
そんな明良さんから目を背けるようにして天井を見上げて、 こちらを見ながら高橋さんが向かって来ると、 明良さんから私を引き離してそっとベッドに私を寝かせてくれた。 そして、 点滴の調整部分をまだいじっている明良さんを、 横目でちらっと見た。
「どさくさに紛れて、 お前何やってんだよ!」
「医者の見地からぁ? 落ち着いてもらおうと思いまして? 患者さんにスキンシップしていましたが、 それが何か?」
そんな明良さんのおちゃらけた返答に、 高橋さんは溜息をつきながら目を瞑った。
「お前。 もう、 病棟帰れ!」
「おお、 怖っ! やだねぇ……。 いい男の嫉妬は、 リアル過ぎて。 言われなくても帰りますとも。 お邪魔な医師は、 消えますからご心配なく。 でも……」
そこまで言い掛けて、 明良さんが一瞬私の方を見てからもう一度高橋さんを見た。
「陽子ちゃんに熱の特効薬与えるのもいいけど、 面会時間ももう終わりそうですからねぇ……ほどほどにぃ」
「あぁきぃらぁ!」
「そういえばさ。 よく不祥事起こして謝罪会見とかで何故か、 殆どの人が倣ったように意味不明な同じ事言うよね」
「何だよ、 いきなり」
「この度は、 なんちゃらぁ、 かんちゃらぁ……ご心配、 ご迷惑をお掛け致しましてって言うじゃん?」
「……」
明良さんったら、 いきなり何を言い出すんだろう? そんな明良さんを、 高橋さんは黙って見ている。
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